心の防衛術

今日の警告、明日への備え その1 ありのままで

「ありのままで」、つまりアナ雪の日本語主題歌であるが、この歌の歌詞に特段の思い入れを込めて歌う人につき、特段の共感しうる事由がある場合を除き、他者の”ありのまま”に、寛容であることを期待してはならない。

心の防衛術 その2 セグメント化

結婚後、姓が変わっても職場でそのまま使い続ける人がいる。それは、仕事上の便宜でもあるが、心の防衛にも役立つだろう。

つまり、職場のできごとを私的領域まで持ち込まない技術の一つでもある。名前とは特段に重要な社会生活上のタグなのだが、名前を使い分けるということで、別な自分を演出することにもなる。

名前に限らず、たとえば服装だってそうだが、意識的に行うかどうか。これが肝心だと思う。

こういったことが、経験世界のセグメント(segment)化である。

比喩的に軍艦を考えてみてもいい。軍艦は攻撃にさらされることを前提に設計されている。本来、鉄の船は、船体に穴が開いたら、沈没してしまう。しかし、浸水を最小限にするために、軍艦の場合とりわけ多くの防水区画(セグメント)が装備されるものだ。

したたかに生きている人は、なかなかこのあたりが周到だ。老獪な政治家なんてそう。反対に、やたらパニックする(沈没騒ぎ)人って、そういった装備が未発達なわけだ。

職場環境などがずいぶんドライになっている最近の状況からすると、セグメント化の推進が必要になっているのだろう。

ただし、やりすぎると、自分を見失うリスクがあるのかも。

だから、「心から自分が自分でいられる領域」の確保もまた重要なのだろうね。

心の防衛術 その1 はじめに

アイルランドもいいけれど、長く温めたテーマがあるので始めてみよう。

ここ、いわば教養サイトなのだが、このカテは結構実用的かも、と思っている。

この名称は、「ハリーポッター」にちなんでいる。ホグワーツ校の授業科目の一つ「闇の魔術への防衛術」だ。この防衛って発想、重要と思ってきた。

心といえば、カウンセリング?で、受容し、ケアしたり、癒したり、成長させたりってわけ?ぼくもその筋の人だから理解するけど、ぬる過ぎって感じることもある。

たとえば、いじめ(問題のある表現だが)。もちろん心をケアすることも必要だろうが、「防衛術」を教えてはいけないのだろうか。

理不尽な扱いに対抗する術(すべ)、それは個人の心のありかたでもあり、社会的スキルや社会制度を活用するノウハウでもあろう。

あんまりやりすぎれば、こっちも「悪」になってしまうが、刑法には正当防衛って考えがある。反撃ってそれ自体”悪”なんだが、度を越さず、やむを得ない状況なら容認ってことだ。

かといって、ブログで護身術始めるわけにもいかないので、あくまでニュアンスとして。

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