ラテン語

ラテン語の世界 その45 神の存在

小学校がコロナ休みになり、夏休み以上に宿題があったりする。

図工の宿題、困るな、これ。「神様の絵を描く」ってさ。

神様を視覚化することって、宗教によっては強いご法度だったりするのだけど、この小学校はムスリムの子いたっけ。

真面目にいくと、いろいろ問題がある。

娘が悩んでいるので、幾つか資料、それっぽいものを出したりする。

W.ブレイクのルシファー(闇落ち前)とか、踊るシバ神とか、、、

(娘)うーん、いっそのこと、抽象的なものにするとか。神様が人間みたいでなくてはいけないなんて変。

球形とか!

(私)発想はいいけど、今時それでいくと、「コロナ神」になりそうだな。鬼太郎のバックベアードだったりも。

(ついでに、太極図を見せたりする)

(娘)そもそも、神様って信じられないなー。

(私)じゃ、絵の下にこう、書いとけ。

Cogitamus ergo Deus est/私たちは考える、ゆえに、神あり。

、、、で現状、あれこれ複数となり、百鬼夜行みたいになってる、、。

 

ラテン語の世界 その44 コロナ

この言葉の最初の語源を見ると、corona/コローナ=花輪から始まる。

王冠の意味もある。要は、丸くて周囲に装飾のようなものが付いているイメージかな。

派生的に、coronario、戴冠式という意味もある。ファンファーレが聞こえそうだ。

ある自動車好きの人が、「新型コロナ、なんて聞くと高級車のイメージなんだけど」とか。

なるほど、コロナマークⅡなんて自動車もあった。これなんか、王冠のイメージなのだろうね。

今もある、別会社のクラウンは英語でそのままだ。

また、皆既日食で黒い太陽の影から沸き立つような熱い雲のような揺らぎ、これもコロナ。

こちらは、形状的に分かる。例のウイルスもそう。

余談だが、ほぼ忘れ去られた昭和の特撮ヒーローものにトリプルファイター、なるものがあった。

その主題歌は、こう、始まる(僕の記憶による)。

「コロナの果て、緑の城、ぼくらのふるさと、光とともに育つ、、、」

誌的に、地球を美しく表現していてなかなかよくできている歌詞と思う。

今日は、とりとめもなく、、でも皆さんのご健康を祈って。

 

 

 

 

ラテン語の世界 その43 ローマ帝国の滅亡

世界史にある「ゲルマン民族の大移動」ってどんなイメージだろう?

塩野七生の本を読んでみた。

今の日本を舞台とするなら、こんな感じになろう。

ある日、兵器を持った数十万の規模の人々が、大量の大小さまざまの船舶で日本のとある海辺の小都市に殺到する。

一部には軍装の男もいるが、女性も、子どもも老人もいる。

自衛隊も、海上保安庁、警察もあまりの数の多さに対処のしようがない、というか彼らは難民なのか、軍隊なのか判別の付かない混沌としたグループなのである。子連れの集団に銃口を向けるなどといくことは、文明国の制服組は慣れていない。

日本側の混乱をしり目に、上陸するやいなやコンビニの襲撃が始まった。抵抗した店員が引きずりだされ撲殺される。ただし、女性の店員はその前に性的暴行を受ける。逃げた店員を追う様子はない。彼らは飢えているのだ。まず食糧が強奪されていった。

次の段階の襲撃は、ホームセンターだ。大型の工具は凶器にも、建物への侵入、破壊にも使用できる。警察署が陥落し、武器庫が彼らの手に落ちるとがぜん彼らの勢いは増していった。あちこち火の手も上がっている。

ビルや民家が占拠され、居住地が拡大していき、ついには一つの県規模の地域が飲み込まれていった。それでは済まず、さらに新手が波状的にやってくる、、日本のあちこちで同様の事態が発生している。

で、結局、日本国政府は、彼らに自治区を人道的に!与えることになった(大規模難民支援法の成立)。

現代を舞台として分かりやすく表現すると、このようにして(ゲルマン人の移動が全てではないが)、ローマ帝国は滅びていった。

ただし、野蛮人は帝国を喰いつぶしただけでなく、立派なことだが、文化を消化もしている。例えば、もともと文字も知らない人々だったが、”ローマ字”で自分たちの言葉を表現することができるようなった。言葉を書記できるようになると、文法も整備されていく。口語が全てだったが、書き言葉が生まれ、やがては文学作品も派生する。

こうしてヨーロッパの言語文化は向上しましたとさ。

追記:

日本の小学生は、ローマ帝国の遺産であるローマ字表記を学んできたが、最近ではゲルマン語も学ぶようにされた。つまり、その一種英語のことである。ただこの言語は、ラテン語のような整然とした読み方ができず(変則的な読み方を多く含んでいる)、子どもたちも苦労している。

追記:2

もし北朝鮮が崩壊したとしたら、大量の武装難民が発生するとも言われている。先のお話は、全くありえないフィクションではない。

 

ラテン語の世界 その42 猛暑とフランス語

フランスの知ってる人から一斉発信のメールが来た。その添付書類の題名は、「canicule」,,てなんだ?

canisならラテン語で犬だけど。

フランス語の辞書を引くと、猛暑とある。夏の盛り、土用ともあるが、これは大犬座のシリウスが太陽とともに昇り沈む時期にちなむ。

だから、犬ってわけだ。ちなみに、フランス語の犬は、chienである。

やっぱり猛暑のヨーロッパの動画だった。

あともう一ひねりある。この動画、犬たちの猛暑対策を集めたものだった!

題名だけでも、ずいぶん意味を圧縮できるんだね。

 

 

 

ラテン語の世界 その41 リブラ/Libraと帝国主義

英語の辞書では、古代ローマの重量単位。

ラテン語の辞書では(つまり大元の意味では)、重量単位、はかり、天秤、水準、象徴的な意味で、正式な手続による所有権の移転とある。

よくぞこんな言葉を選んだものである。フェイスブックの野心を明確に表現した恐るべきネーミングである。

解せば、この世界の取引の基準を創設する基軸通貨であろうとするわけだ。

ドルは基軸通貨というけれど、一企業がこんなたくらみを描くとは、、、かつ、描くだけでなく規制がなければできちゃう。

別な角度からみると、アメリカ中心の世界秩序が次第に崩壊しつつあるのだろう。

その背景には、中国の台頭とか国家間の競合ばかりでなく、民間?企業自体がそれにエントリーし始めていることが判明した。

仮想通貨は、すでに金融資産の段階を超えてしまった。

 

 

 

 

ラテン語の世界 その40 愛の形、AmorとCaritas

どちらも「愛」と訳され得るけれど、amorは色っぽい要素も含む。情事という訳もある。一方、caritasは、慈愛と解するするべき。
宗教的表現では、隣人愛となる。これらの語の形は、現代語にも受け継がれている。
イタリア語の、amoreとcarità。これは、意味的にもよく継承されている。
スペイン語の、amorとcaridad。
フランス語の、amour。
英語の、charityなど。
ついでに、長い余談。
caritasは、日本の私立学校の名前にもなっている。
見学する機会があったので、気が付いたことを述べておこう。
入口のシンボルツリーは、立派な桂(かつら)であった。
なぜ?と見ていたら学校の人が教えてくれた。
葉の形が、ハートだから。なるほど、分かりやすい!
ハートは、Forma Caritatis=愛の形だ。
理科エリアには、大きな水槽があって、近くの多摩川の生き物たちがいる。
鉢植の植物も元気であった。慈愛があるね。
図書館の蔵書は、フランス語関連が充実している。
これもよし。けど、ラテン語関連は見当たらなかった。
校名がラテン語なのに、これはちょっと残念。
このブログ的には、
”ラテン語で、始めてみようグローバル”。

ラテン語の世界 その39 モネータ 女神の警告

「モネータ 女神の警告」とは、日経の連載記事の題名である。
そこで、語源的に深堀りしてみた。
辞書で確認した情報をつなぎ合わせてみよう。
ローマ神話の最高神は、Juppiter/ユピテル(ジュピターは英語読み)。
その妻は、女神、Juno/ユーノー
これは推測だが、ユーノーの神様としての特性(ご利益)は、
警告する、予告するであったのだろう。
この意味のラテン語の動詞として、moneoがある。
そこで、彼女の別名は、Moneta。
なので、Juno Moneta とも称せられる。
この神様の神殿で、なぜか!?、貨幣の鋳造が併設された。
そこで、ラテン語のmonetaは、貨幣の意味になった(と思う)。
この言葉、素直に、英語のマネーにつながっている。
お金=money、今ではそれだけのことなのだが、その背景は意味深長。
ところで、あのリーマンショックから数年経った。
そろそろ、また何か起きるころじゃないか、、、。
日本の神社で、お金儲けに関わるご利益コンテンツはいろいろあるけれど、お金についての警告をしてくれる神社は聞いたことがない。
お金は儲ける、貯めるだけでなく、守る気遣いも必要と考えよう。
そもそも、お金の価値は、社会の仕組みが作っている。

ラテン語の世界 その38 バスの語源

なぜ、バス(自動車のbus)は、バスなのか?
これも、ラテン語の問題になる。ローマ帝国にバスは走っていなかったので、直接ではないけれど。
omunia、この言葉、万物、全ての人の意味なのだが、ラテン語の場合変化形が多様なので、この言葉だけでも、20パターンの活用形(重複あり)がある。
その一つが、omnibus(オムニブス)、英語なまりであるとオムニバスと発音される。omnibusは、全てのもの(者)に、って意味だ。
オムニバスは、CDとか全作品を編集したものの意味として使われるが、全ての、の意味がつながっている。
で、バスってつまり、この言葉の最後のbusが残ったものなのだ。たしかに、公共交通機関であるバスはそうでなくてはならない。
乗合バスとかで、運転手の方が、車椅子の乗客を援助する様子は、この言葉に即している。バス会社の経営理念もそうであるべきである。
しかし、語尾の三文字が残ってバス、とはホントか?という疑念もあるだろう。
と、僕も少し感じていたが、最近、こんな言葉を発見した。
omnibus=乗合自動車、バス、これはスペイン語である。
ただし、スペイン語といっても、通常は、autobusがバスの意味で使われる。omnibusは中南米の地域限定の表現である。
推測であるけれど、スペイン本土から遠く離れているので、古風な表現が残り得たのではないかな?
以上、マニアックな話なのだけど、語源をたどると時代を超えた重要な意味があるということ、この例でいえば、乗合バスの公共性に行きつく。これが伝えたいことなのだ。

ラテン語の世界 その37 空港の碑文(文明の基礎)

ラテン語を一言でたとえるなら、「文明のプログラム言語」の一つ。
たとえば、空港は重要な社会インフラだが、羽田空港には、ラテン語で碑文が埋め込まれている。
2
来る者たちに平和を
去る者にたちに安全を、とある。
ほとんどの旅行者は、気づかないだろうが、ラテン語ならではの強力な祈りの呪力を感じる。
 

日本語の国際性について その1 彼と彼女

彼も彼女も、今ではごく普通に使われる日本語だ。でも、男女が含まれる複数を表現する場合、、、、彼らになるのか?
まあ、そうかもしれないけれど、この場合女性に配慮していないようで、一瞬とまどうかも。文法上の裏付けもないと思う。
そもそも、日本語は単数、複数の違いに無頓着だ。
ざくっといえば、性別は分法的に意識されていない。そもそもそういう言語である。
 
この点、ヨーロッパの言葉ははっきりしている。
英語の場合、退化がはなはだしいため、he,sheとか人称名詞の別くらいだが、ラテン語には、文法性として男性、女性のほか中性もある。
ラテン語から派生した言語、イタリア語、フランス語、スペイン語などの文法性は、男性、女性で、中性は消失してしまっている。
とはいえ、性別はがっちり文法に組み込まれている。
 
たとえば、フランス語の場合、
私は心配だ、という意味を言うなら、、、
Je suis inquiet.(男性がいう場合)
Je suis inquietéte.(女性の場合)
てな具合に、たとえ一人称の場合でさえ、主語の性別を想定しなければならない。
 
思うのだけど、彼、彼女は、本来の日本語ではないのだろう。
少なくとも、江戸期以前の通常の会話、文章には表れないはずだ。
僕は、これらの言葉は、明治以降、ヨーロッパの言語を翻訳するうえで、考案された言葉だと推測する。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

より以前の記事一覧

2020年7月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ