日本思想史

日本的マナーについて

「来たときより美しく」。今日の日経、春秋の記事には、海外で賞賛された日本人サポーター(ワールドカップ)の例が紹介された。

試合後の方が試合前より観客席がきれいになった件だ。このオリンピック、メダルの数も重要だが、ぜひとも品格のある国民性を示してもらいたい。

今回、宮古島の旅行でも、隣のテーブルの家族の食事マナー(食事後の片付け)から学んだ点もあった。

「飛ぶ鳥跡を濁さず」

ところで話が例によって、跳ぶ。

もうすぐ終戦記念日。ぼくは、日本海軍の艦艇の歴史に興味を持ってきたが、なんといっても駆逐艦雪風のエピソードには惹かれるものがある。

並外れた活躍をしながら生き残った歴史的名鑑とされる。あまりに強運すぎてかえって気味が悪いとも言われた。

あの戦艦大和の最期に立会い、生き残った乗員を連れ還ったのもこの艦。

その雪風が連合国側に接収されたときのエピソード、ぼくはここに雪風の秘密があるように思う。

連合国側を驚愕させたその事実とは、最後の最後まで、勝者に奪われることを知ったうえで、完ぺきに整備された状態であったということ(これほどまでに酷使された艦はなかったが)。

それだけでも、乗員たちの精神性が推測されるだろう。それは、艦そのものに体現され、受け継いだ者たちに少なからず影響を与えたと思う。

そして、この艦の数奇な運命はこの先も続くが、興味のある方は調べてみるといい。名前は変えられた(丹陽)。それでも、”雪風”であり続けた。

大河ドラマ「平清盛」考 その5 諸行無常

いきなり唐突かも知れないが、ラテン語でこんな言葉がある。

Sic transit gloria mundi.  かくのごとく、地上の栄華は過ぎ去る。

この大河ドラマはとにかく分かりにくいが、ほぼすべてのキャラクターは実在の人物である。つまり、調べてみると、その後が分かる!というわけだ。

現状、清盛、義朝のファミリードラマとも酷評されてもいるが、その子どもたちの最期の姿もすでに明らかになっている。

そこを考えながら見れば、凄みのある話として、観ることができる。結論をいえば、源平ともども勝者はいない。

平家の滅亡にはまだ華があったが、源氏の滅亡は極めて陰惨だった。

日本的にいえば、諸行無常。

ところで冒頭のラテン語、一見、いわば諸行無常のラテン語版なのだが、実をいうと、「だからキリスト教に帰依しなさい」って話の一部分。

ローマ帝国の栄光の陰で、来世を語る宗教が力をつけつつあったわけ。この点、日本でもいわゆる鎌倉仏教の諸派が思想史上に現れる。

世の中の変わり目は、こういった出来事にも結びついている、と感じる。

大河ドラマ「平清盛」考 その4 西行、旅をする詩人の原型

清盛の影を人格化するなら西行、まだドラマの中では俗名で登場しているけど。

政治史的なことはさておき、清盛に率いられた平家一門は、その悲劇的な最期によって日本の文化に多大な影響を与えた。

反対に、あえて権力の道を捨てることによって、後世の文化に多大な影響を与えたのは西行。同じ北面の武士であったが、彼は清盛と対極の道を選んだ。

西行の数百年後、芭蕉はみちのくへ旅立ったが、この旅は西行を追想する旅でもあった。そう考えれば、西行の影響は現代にもつながっている。山頭火の美学の源泉もこのあたりと思う(かなり屈折してるけど)。

そもそも、詩的なイメージを探索するために旅をするなんて、当時としては文芸革命みたいなものであったのではなかろうか。

都の上級貴族たちは、よほどのことをしでかして「左遷」でもされないかぎり、現地歌枕を見る機会なんてなかったはずだ。あくまで、都で思い巡らすのが当時の常識。

このドラマ、清盛の革命児性を強調しているが、西行を並列して考えてみるのも面白いと思う。おっと、次回は佐藤義清(のりきよ)改め、西行のデビューらしい。

大河ドラマ「平清盛」考 その3 ヒーロー性

この番組、なかなか視聴率が上がらないそうだが、その原因の一つは話が難しいせいもあるだろう。

朝廷内の複雑な力関係、それは血縁関係の問題でもあるが、これがまた錯綜している。清盛の華々しい活躍の場といえば、源平合戦以前の保元・平治乱だが、これがまた分かりにくい構図になっている。

ストーリー上、なんとか貴族VS武士の構図を際立たせることで、わかりやすさを示そうとしているが(これがヒーロー性に重要)、やはり時代背景の複雑さで霞んでいることが否めない。

一方、歴代の大河ドラマで、同じく平氏を扱ったもので、かつ視聴率が高かったものは「風と雲と虹と」だ。これは、明快でかつカッコよかった。また、大河ドラマの設定としては多分最も古い時代設定だろう(承平天慶の乱)。

都の貴族の手先たちの圧政にあえぐ坂東(関東)が舞台。平将門は、坂東の民衆の支持のもと、都の勢力を駆逐し、その結果、独立の政権が生まれようとした。

その結果、彼は、反逆者として追討される立場となる。武勇には優れていても、率直で政略の苦手な将門は、次第に追い詰められ、激戦の最中、馬上で力尽き死んでいく。

そのプロセスの中、力を持つことが、民衆から自分が離れていくことに悩む将門の心理描写なんて伏線もあったりしてこれもよく分かった。

その盟友は、藤原純友、こちらも都の貴族に反旗を翻すいわば海賊王。こっちはしたかかキャラで将門とは対照的。でも、志は同じ。

清盛の方はこうはいかない。とりあえず政権側、海賊を討伐する立場だし。微妙すぎる。

というわけで、「平清盛」を面白く見るためには、参考文献も必要な感じ。というか、こちらは地味に勉強しながら楽しく?見るべきか。

大河ドラマ「平清盛」考 その2 陰陽師(かなり横道の話)

マイナーなネタを拾ってみよう。たとえば、陰陽師である。

陰陽師の進言により、危うく殺されそうになった清盛(史実の記録にはないだろう)。そこで、後の清盛の父とされる男が助命の嘆願をする、、これが冒頭のストーリー。

迷信など信じるなって理由と解釈されるが、このあたりいかにも現代風の味付けであろう。

ところで、陰陽師なのだが、れっきとした国家官僚団、それも、現代でいえば、科学技術を統括するような立場である。呪術、占いだけでなく天体観測をして暦を作ることも仕事であった。

当時の呪術を、現代の社会の仕組みの中で置き換えれば、ほぼ科学に相当するだろう。それは、国家の指針も同様に左右している。

あの原発事故後、テレビに登場した国家直属および傍系の技術系の人たちを、清盛の時代でいえばまさに陰陽師である。

当時風にいえば、「この毒気、封じて見せましょう」って具合。ところがこの毒気は、だれも直接体感できず、所定の”道具”で知るしかない。また、よほど強く当たることがない限り、その結果は、統計上の数値でしかない。したがって、陰陽師じゃなかった、科学者を信頼するしかない。

国家の原子力行政は相当に疑念を持たれているが、かといって、科学そのものに疑念を持たれているとはいえない(僕自身そうである)。

しかし、科学技術そのものを、僕も含め、どれだけの人が一から理解しているかといえば、ほとんどいないだろう。科学は、そう思わせる社会の仕組みによって信頼されている。

社会学者、P.バーガーは、こういった社会の仕組みを(たしか)信憑構造と呼んでいるが、当時も現代も、この仕組みが”リアリティ”を支えていたことに違いはないはずだ。

かなり、横道に反れたが、いろいろ考えるネタがこれからもあるだろう。

大河ドラマ「平清盛」考 その1 リアリティ

この映像、小汚い(衣類その他)。上級貴族を除き、見ているだけで匂ってきそう。それに、平安京の猥雑さ。実にリアリティがある。歴史の教科書では実感できない事柄だ。実際、こんなものだったのだろう。

歴史上の悪役を再考証するのは面白いとおもうが、テーマ性、これはかなり現代的脚色がなされていると思う。

歴史を果敢に切り開くヒーロー、これは龍馬伝と同様の主題だが、龍馬はさておき、この時代の人の行動指針としては、大いに疑問だ。

もちろん、現代の感覚に外れすぎては面白くないだろうから、それはそれでいい。ヒーローはかっこよくなくてはならないし、大いに悩まなければ共感できない。

現代的脚色をもう少し考えると、近代的自我の問題に関わるだろう。夏目漱石とかが、わざわざ”発見”した代物である。たぶん、これがないと今の人たちにとって感情移入が難しくなるのではないだろうか。

つまり、今の人たちは、自律した個人を前提にストーリを考えるが、”個人”という概念は、かなり新しいものだと思う。

清盛にとっては、まず一門や血脈が大前提であって、平家一門の興隆のために、その役割に応じて生きた。そして、子々孫々自分の血脈が、名誉を持って栄えることを願った。

僕は、これが当時のそれなりの地位の人たちの生き方だったと推測する。清盛なりの結果が日本の歴史にどのような足跡を残したか、それは後世の人たちの歴史解釈の問題である。

清盛が、さあ、この日本に武家の世をつくろうと志を立てるとか、自分の出生の秘密に悩み、克服、自立するとか、そういうことは多分、なかっただろう。

僕は、全然、この大河ドラマに水を差すつもりはない。もちろんお勧めである。受信料払って見る価値もある。

ただ、この機会に、少し関連事項を勉強してみたいと思っている。そして、この楽しみをささやかなレポートに綴ってみたい。

オリンパス事件について

世界が注目するこの事件、実業ネタはこのブログの例外だけれど、少し書く。

国際基準でキモイです。だから、日本の上場企業の信頼まで問われている。世界的企業の統治が、オジサン(経営陣)たちの、親密な、隠微な個人的関係で損なわれていたわけ。

このオジサン関係が、20年間重大な秘密を隠していた。表向きの文化、すなわち会社法、国際会計基準とか公的なものの裏側に”隠された文化”が存在していた。

グローバル企業に、しがらみフリーの外国人社長を迎え入れた、しかし、この人はこんな世界があるとは思ってもみなかった。「なんだこりゃ!」これが事の発端。

日本独自の企業文化には、注目すべき利点もあるのだが、これはまずい。企業の存続ミッションに関わるからだ。分かりにくいねちっこい人脈関係が、本来の企業ミッションに優先されてしまったというわけだろう。

僕は、岩崎弥太郎のことを思い出した。この人、日本の大企業の先達みたいな人だが(三菱を創った)、とても泥臭い、発想の経営者であった。ライバルのモダンな渋沢栄一とは対照的。

彼の経営は、分かりやすい。ざっといえば、

企業は俺のもの

俺がすべてを決める

そしてこの俺がすべての責任を負う

このあたりは、今でいう定款にも書いてある。そしてそのまま実行した。

で、彼にとって企業の目的は、国家に奉仕すること。

だから、軍需産業化もしたのだが、いつの時代であっても、こういった明快さは重要だと思う。

ところで、オリンパスの企業理念は、「Social IN」、とされている(この英語、シャラ臭いなあ)。なんてこった。

古風にいえば、これが”大義”。経営陣間の忠義は存分にあったかも知れないが、さらに古風にいえば、「忠義は大義あっての忠義」。

僕自身、オリンパスの製品自体に、悪いイメージはない。カメラ好きだし。ただ、一般論として家族でもないのに、オジサンたちがやたら徒党を組む組織風土ってものに嫌悪を感じる。この点、女性の社会進出は歓迎。組織文化も風通しがよくなると思う。

書評:のぼうの城 和田竜

良く売れている本なので、最近では文庫本にもなっている。僕だってこういう普通の本を読むよ。

忍(おし)城攻防戦、この戦は、水攻め中心。だから華々しい合戦が主体ではない。当然、地味な心理戦である。あえてここに焦点を当てたことがミソ。

劇画チックな現代風の脚色が面白い。登場人物たちの心理的距離の近さに共感を感じる読者も多いと思う。主人公は謎めいているけどね、これを解き明かしていく展開が伏線にある。読者は、変人城主成田長親のプロファイリングを通じて、この合戦に参加することになるだろう。

一言でいえば、石田三成の合戦デビューの失敗談でもある。けど、描かれる三成は魅力ある人物だ。三成ファンにも必読。分かりやすい三成と変人長親の対比も見どころ。どっちが好きかと尋ねたら、答える人の性格の違いを知ることができるかも。

作者が差し挟んだ一言を取り上げてみたい。

本来、絶望的な戦なのだが、

「死そのものに価値を置き、命ぜられれば簡単に切腹してしまう江戸期の陰惨な武士たちとは隔絶した気分の中にいた」

これ大事です。

戦国時代は死にあふれていただろうけど、あくまで死そのものは無価値、反面、今生きることにとてもしたたかだったはず。作者は、文献を調べているうちに実感したのだろう。

いまサムライ流行(はやり)だけど、一言にサムライといっても時代によって異質だ。死にどう向き合うか、作者のいう江戸期の武士の価値観は、そのまま太平洋戦争末期の日本軍の行動原理にも引き継がれている、と僕は思う。いやそれ以上に。

 

日本の文化 博物学的思考法

うちの娘が保育園で散歩に行った。いろいろな落ち葉を収集して、「パパに見せる」と言ったとか。そのうち、自分で図鑑を調べてくれることを期待しよう。

で、本題。かつてある言語学者が来日して、日本の大学で講演した。その中で、未知の言語をどうやって学ぶかを実演しようとした。彼は、日本語を全く知らない、、、

彼は、大きな木の葉と小さな木の葉を学生に見せ、反応を得ようとする。つまり、二つの対照を比較し、同一の「葉」という言葉、形容詞としての「大きい」「小さい」を抽出しようとしたわけだ。

しかし、この目論見は失敗だった。学生はズバリ、種類の名前で答えてしまった。サツキと柿という具合に。これでは、形容詞が出てこない。

これはかなり昔の話なので、今の学生がどれほど身近な植物の名前を知っているのか、疑問である。今なら、言語学者の目論見が成功する可能性は高いだろう。

サムライネタで日本の文化を語るより、植物への感受性を語った方が(インパクトは少ないが)、より本質的だと僕は思う。

幕末のイギリス人が驚愕したことの一つが、日本の園芸文化である。当時の大英帝国は、世界中から植物をかき集め、大きな園芸マーケットを作っていたが、種類と規模において日本のそれは全く遜色なかった。

かつ、下層庶民まで、園芸を楽しむ点においては、イギリスを凌駕していたといってもいい。いわゆるプラントハンターたちはこの点を注目している。

さらに、植物の知識は詩歌の伝統にリンクすることを考慮すれば、世界史的圧巻かも知れない。

この文化、もっと見直してもらいたいね。

日本思想史について

忘年会の季節、昨夜は歴史談義で盛り上がった。主役は公務員幹部退職組。おじさんというか、高齢者といってもいい。

こういう人たちは、意外に歴史に詳しい。細かい人名まですらすら出てくる。お相手するには手ごわい相手である。

しかし、雑学的。つまり、包括的なビジョンがない。歴史上のできごと、人物をマクロな文脈の中で関連づけているわけではない。

僕のブログの中、日本思想史のカテゴリーは、歴史ビジョン作りを念頭に置いている。その意味でお役に立てたらうれしい。

学校で習う公教育上の歴史とは、過去の事実の集積というより、現在の国家的価値観から整理され、解釈された歴史である。だから裏を読もうとすればいくらでも読める。

歴史を学ぶこと、それは教養の分野であるけれども、本当の歴史の教養とは、過去を斟酌し、今の自分が何者であるかを知っていることでもある。

これは現実生活上、参考になることも多い。たとえば、今流行りの「サムライ」的な生き方とはどんなものだろうか、グローバル化(実に迷惑なことだ)にどうやって関わるか、こんな問いに答えるために必要になる。

企業の人材教育に、「教養」が取り入れられるようになってきたと聞く。特に海外勤務の場合、日本人であるお前は何者?ってことが重要になったからだ。もちろん、歴史観が問われる。

そういえば、昨夜、毛唐がどうのこうの、幕末の攘夷派みたいなことを言っているおじさんがいた。が、このおじさん、立派に!スーツ(背広)を着ている。

背広って語源はセビロー、仕立て屋が多いことで名高いロンドンの地名のはず。日本製ならいいってか?いや、あれは中国製かも。

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