アイルランド

3月17日聖パトリックデイの朝

今日は、アイルランドの守護聖人、聖パトリックの日。グーグルの検索ページには、アイルランドのスケリグ島があしらわれている。

聖パトリックの象徴は、シャムロックだ。なので、朝の食卓にも、朝摘みのこの植物をあしらってみた。

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写真の三つ葉の草がそれである。オマケは、バイモユリの花。

みなさんに伝えたいことがある。それは、命あるものの神秘である。

シャムロックは、イラスト等に図案化されることが多いが、ちゃんと命ある存在である。

3月、というのも意味深い。地上に命があふれ出す時期なのだから。

この地上には、命があふれている。そして、それぞれに、意味がある。

聖パトリックが伝えたかったことは、この神秘である、と僕は解釈する。

風のかたち石の記憶 アイルランドの立石

季節がら紀行物を再開。アイルランドが中心だが、その他近隣地域の風景、遺跡などもご紹介したい。

アイルランド南西部、この地域はケルト以前の古代のモニュメントが特に密集している。バントリーの街から南西に細長く伸びた半島部分、旅行者の足も途絶える地域だが、尋ねてみれは遭遇できるだろう。

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立石(スタンディングストーン)は、最も単純な遺跡だ。大小さまざま、尖ったものもあれがこのように板状のものもある。これは4m弱もあろうか。荒涼とした風景の中で特異な存在感を発出している。

古代人の意図は数千年の時を隔ててかき消されたままだ。ただ存在そのものになって立ち続けている。

アイルランド 極上の夏 その18 令嬢の窓

先にご紹介したPunxley Manor(パンクスレーの館)の続き。

巨大な邸宅には当然たくさんの部屋があったはずだが、天井が抜け落ちているので、窓を残した部屋は一階の一部に残すのみだった。

小さな部屋だが、丹念に加工された石組みの窓があった。窓辺に這い上がる蔦が風雪を物語っている。

窓とは想像を喚起する対象だ。

誰がこの窓から外を見たのだろう。”令嬢の窓”、と、勝手に名前をつけた。

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アイルランドの辺境の地に栄華を極めた一族は、独立戦争のさなかにこの館から退去させられ、そして館は火炎に包まれる。

最後にこの部屋の住民は、この窓から見えるなじみの風景を慈しんだことだろう。

そして館を出る。ここがそのエントランスである。

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正面に大きな松の木が見えた。この木はこの館の歴史を知っているはずだ。

アイルランド 極上の夏 その17 廃墟村を訪ねる

日本ならすぐに草や木にに埋もれてしまうところだが、アイルランドなら美しい草原の中で往時を偲ぶ家々が点在する様子を見る事ができる。

想像力の中で、村人たちの日常に触れてみる。家の石積みばかりでなく、村のライフラインというべき泉など発見できることもあろだろう。

O.R.メリングの小説、それはアイルランドを舞台としたケルト・ファンタジーとして知られているが、「夏の王」には、アキル島の廃墟村が登場する。それが、ここ。

村というより、山、つまりアキル島の最高峰Slievemore(スリーヴモア)、を背にした新興住宅地の跡、といった場所だ。日本なら別荘地でありそうな、、。

全棟南向き、大西洋オーシャンビューである。なぜ廃村になったかって、さしたる理由はなく、もっと利便性のある場所に転居しただけのようだ。

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山腹の高みから大西洋を望む一軒のお宅である。

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背後の山々、この日は霧に覆われていた。というか、まともに山頂が見えない日の方が多い。メキシコ湾流の流れる大西洋に突き出た島であるせいか、標高が高くなると湿った風が直接に、霧や雨をもたらすようだ。

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こちらはアイルランド南西部、Dingle(ディングル)半島の先、Blasket(ブラスケット)島の村。

背後の大きな廃墟は、教会だろう。

こんこんの水の湧き出る泉もあった。近くでキャンプしている人もいて、どうぞ、とペットボトルに汲んだ水をすすめてくれた。

ネーミングしてみよう。「ブラスケット・命の水」。

夏の観光シーズンには、島へ渡る観光船が就航する。また、対岸の本土には島の様子を記録した記念館もある。

文学の島でもある。この島の旧島民から、3人の作家がデビューしているからだ。文学的着想を育む環境とは何かと、考えさせられる場所。

アイルランド 極上の夏 その16 廃墟邸宅

アイルランドの南西には細長い半島がいくつも突き出ていて、Bear(バル)半島もそのひとつ。コーク県(Co.Cork)の西部といってもいい。

この半島の中央南側の小さな入り江にこの廃墟はあった。

Puxley Manor (Manorとは城級の大邸宅)と呼ぶべきだが、Dunboy Custle とも呼ばれる。Dunboy Custle とは、文字どおり城であって、地域の支配者であったオサリバン一族の居城であり、隣接してその廃墟が残されている。

つまり、同じ地に異なる支配者たちが居を構えていたのである。

かつて、オサリバン一族が英国の支配に抗した最後の拠点、これが、本来のダンボイ城であった。

(文脈から外れるが、あの、ヘイン・ケラーの先生を輩出した一族であろう)

そして英国の植民地支配下で、鉱山開発で財をなした一族、それがパンクスレー一族であった。その栄華を物語るものが、Puxley Manor である。

しかし、その栄華は、アイルランド独立戦争の中で、炎の中に燃え尽き、残されたものがこの廃墟であった。

この廃墟に出あったときの気持ちといえば、(沈没も炎上も同じく20世紀初頭だが)深海のタイタニック号を地上見つけたようなものである。

この優雅なホールでは、舞踏会も開かれたことだろう。

が、あのジャックとローズが踊るような場所ではなかったはずだ。

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そして外観はこのような具合。

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是非お奨め、と、いいたいところだが、今はホテルとして新装開店中だ。廃墟として訪れることはもうできない。

逆タイタニック体験としてはどうか。

庭園の池のような美しい入り江の脇にあり、景観的には申し分ないと思う。

アイルランド 極上の夏 その15 廃屋

たぶん、アイルランドの廃屋は一つの観光ジャンルになりうるし、また、画像コンテンツとしても応用的に期待できると思う。

かつて僕の運営したアイルランド関連サイトがあった。この中で、廃屋の写真を公開したら、 ある日のこと、「すいません、ロックバンドのライブ広告として使わせていただきました」、とEメールをもらったことがある。著作権はさておき、先に知らせてくれたなら、もっと協力の仕方もあったのに、とか、まあいいけど、

その画像がこれ、場所はコネマラ地方Maam Cross 。

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草ぼうぼうの中、劇的な、何か差し迫ったインパクトがある家だった。廃屋としてまだ新しく、まだ歴史になりきっていない生々しさがある。

アイルランドとしては小さな家であり、両窓の縁取りなど、意図したデザインもある。往時は”けっこうカワイイ”家だったろう。

一方、こちらの方は、伝統的な様式。

軽く100年以上は経過しているだろうが、もっと相当に古い可能性もある。

長年の風雨が、家の骨格、すなわち自然石とモルタルだけを残した状態。

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確かに普通の人たちが生きた証だが、もはや歴史のエピソードの一つ。かすかな人間の情念の痕跡が、遠いエコーのように残っているようにも感じる。

それは、数百年、数千年単位の時間の流れに乗って、人間の構築物がゆっくり自然に還っていく過程。この超低周波に、静かに気持ちをシンクロさせてみるのはどうか。

時に、ジョークもあり?たとえば、絵葉書で見た例。

それは、中古住宅として、「For Sale」なんて表示がされていたが、中古というより超古。ただし、マジメな話、歴史をウリにした城級の住宅もある。

ところで、日本。

すべての民家の中で、人の住んでいない住宅の割合は、10%ほどだそうだ。

土壁の家など、廃墟になっても趣があったりするが、モダンなタイプはそうはいかない。

アイルランド 極上の夏 その14 コネマラの松

シンプルに、二本の松の木である。由来は特にない。コネマラ地方の湖畔に生えている。

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おりしも、暴風雨の中、すなわちアイルランドの日常の出来事。

駐車したまま、ワイパーも止めてみた。

車のフロントガラスを通して見たそのままの光景だ。

風にあおられるまま二本の松は激しくしなり、水のヴェールの中で溶けていくようだった。

アイルランド極上の夏 その13 渓谷を行く

N59は、ゴールウェイ、クリフデン、ウェストポート、そしてスライゴーを結ぶ主要な幹線道路だ。主要な街をたどりアイルランドの北西地域をドライブするならこの道がいい。

ところで、クリフデンからウェストポートに向かうルートは、県境の山岳地帯を突き抜けるが、このあたりの風景は一見の価値があるだろう。

より楽しむためにお奨めのわき道もある(前回も脇道ネタだったけど、海ではなく、こっちは山の脇道)。

その名は、Doo Lough Pass。Loughは湖で、Dooはその名前。それは蒼く冷たい渼(さざなみ)の立つ細長い湖だ。人家どころか、周囲に視界をさえぎる木もないので、実に見通しがいい。

この道は、この湖の脇に沿って、左右の切り立った山の間を通っている。湖畔の風は夏でも冷たい。つまり、Glen(渓谷)の道なのだ。なかなか壮大な景色なのだが、大きすぎて写真に収めることが難しいうえ、日当たりも悪いのでなかなか撮影チャンスに恵まれないでいる。

景観はささやかだが、その手前で撮った写真を載せてみた。

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岩山、牧草地、川、アイルランドの原風景って感じだろうか。でも、民話的な心象風景を求めるなら、草葺・白壁の家とかほしいところ。

川で洗濯していたら、大きなモモが流れてくる?アイルランド版ならどんな話になるのだろうか。

アイルランド極上の夏 その12 晴嵐の城 Easkey

北アイルランド、スライゴー(Sligo)の海岸にある城である。地名にちなみ、Easkey Castle と呼ばれるが、別名もある。

メイヨー県からスライゴー県の北部をよぎる幹線道路N59を外し、海岸線を走るR297に入るとこの城が見えてくるだろう。ランドマークの乏しい地域なので、分かりやすい。

Easkeycastle

地域の族長(Chieftain)が900年前に建造したとされる古い城であるが、保存状態が良い。アイルランド本来の無骨な様式(タワーハウス型)だが、その高さは有数かもしれない。

それにしても、この暴風。カメラを三脚に固定することもできない。岸壁に這いつくばって撮影するが、見る見るフィルターに塩が固着していく状況だった。

日本でいえば、台風の海、けど、アイルランドではよくある海。

ところで、城の脇の建物は?といえば、海水浴場の施設である。さすがに人はいなかった。

地図上は、オートキャンプ場として表記されている場所、城の記載はなかった。

ここで少しアイルランド旅行の基本ガイドをしたい。この程度の城は、かなり詳細な地図でも記載されていないことが多い。その意味で思わぬ発見もあったりする。

雨と風、田舎を旅するなら対策が必要。登山の楽しみがない人でも、旅行前にアウトドアショップで防水性のあるパーカーとか、靴とか準備した方がいいかも。

アイルランドで傘を差す人は少ない。風を伴うことが多いからだ。

矛盾するようだが、日焼け対策も夏なら考慮に値する。雨が多いとはいえ夏の日照時間は長く、太陽が低いので、車の中でも日焼けするし、田舎はほとんど平原なのでさえぎるものがない。自動車を運転するなら、サングラスも欲しい。

アイルランド 極上の夏 その11 羊飼い

もう一つ、ドネゴールからのレポートである。いわば、アイルランドの津軽。寒々とした光景が広がっている。山中を走っていると、羊の群れに出あった。

Sheep

もうすぐ日暮れなのに、どこへ行くのだろう。それにこの数。人はずっと後から歩いているが、彼らは黙々と行進を続けていた。

この日、ぼくはあのエンヤの故郷、GWEEDORE(グウィドー)を目指していたのだが、途中でどっぷり日が暮れてしまった。

アイルランドで宿の心配をすることは通常ない。が、この日はあせった。やっと小さな村にたどりつき、よろず屋の女の子から、BBの場所を教えてもらうことができた(なんと隣にあった)。ありがたい幸運、である。

日本だったら、街灯があったり、そうでなくても道路沿いに反射標識があったりするが、ない。自動車を走らせることに恐怖すら感じた日だった。

羊飼いといえば、この夜もお決まりのパターンで、村のパブへ行った。そこで知り合ったおじさんがもう一人のおじさんを紹介してくれた。

「こいつぁ、100頭羊を飼ってるんだぜ」って。

その人の名前は、忘れた。けど、「100頭羊男」と、勝手に記憶している。

それにしても、羊の飼育数が人の紹介に使われるなんて、思えば遠くに来たものだ、と感じたわけ。

あとは、アイルランドの闇夜。頼りない室内灯、静寂。そして曇り空の朝が来た。

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