時代精神

参議院選挙と維新、新選組、そして政治思想

池上彰が山本太郎に、「旧体制を守る組織だった『新選組』と名づけたのですか?」と尋ねたが、当然、話がかみ合わない。政治思想の問題じゃないから。思うのだけど、かつて山本太郎がNHKの大河ドラマで新選組の隊士役(原田左之助)を演じたことが彼が新選組を意識したきっかけだろう。

同じく幕末ネタでいえば、維新がある。

政治思想でいえば、明治維新は強力な国家集権化である。各藩ごとの地域分権を一気に潰したのが明治維新だったわけだ。

ところが、政党としての維新は地方分権を重要な政策として掲げている。この点、個人的にはとても違和感がある。

固いこと抜きで考えれば、維新の志士ぶる高揚感が先行しているのだろう。

僕は、以上のような政党ネーミングをごっこ系と呼んでみたい。

今回の選挙、社民党は消滅かと思ったが、かろうじて存続した。それなりに政治思想を表現したネーミングなのだけれどね。

まさかと思ったのは、N国の議席だ。すごい、国政に特定の団体を標的とした政党がありうるのだ。こっちは、政治思想なんてものではなく真っすぐな憎悪を感じる。成人型中二病ともいえるだろう。つまり、悪の組織と戦う選ばれし戦士、、みたいな自己陶酔である。

以上、まとめてみると、ポピュリズムの高まりということになろう。思想から気分へ、日本もなかなかグローバル化している。

 

 

人間化する機械と機械化する人間

最近の新聞記事の件。外国人向けの公共的な表示なのだが、スゴイ英語翻訳が結構あるらしい。

例1 小人→dwarf

例2 3両目→eyes3

例1、でいえば、日本はファンタジーワールド?この場合、小人とはしょうにん、で、こびとではないだろう。 子ども料金の表示の中の表現だとおもう。日本の街中に、白雪姫を助けるようなこびと族が身近にいるとは思えない。

普通は、小学生以下をどうやって翻訳するか、が問題(国によって学校制度が違うから意外に難しいけど)。

例2、でいえば、肉眼のことではない、列車の乗り方ことだろうから、Trainの列車ではなく、個々の車両って何といえばいいのだろうか?と普通考える。

これらは、英語力とかの問題ではなく、機械的翻訳をチェックする人がだれもいなかった、その必要も考えてなかったことが問題なわけだ。印刷物や掲示板に載せるのだろうから変更が大変だ。

言葉の意味はその背景から推測しようとするわけだし、こういった感覚は本来人間的なものだ。でも、機械化してしまった人が増えているのだろうか。

だからAI!ってことで対処。それはそうかもしれないが、ますます人間らしい思考力が低下していくことだろう。

今日の新聞記事によると、

「全学生をAI人材に」、なんて記事がある。AIを使いこなし、できれば開発しうるグローバルリーダーを育成しちゃうって理念なのだが、そもそも難しいことはAI任せの風潮の中で、大学の存在意義自体が怪しくなっていると思う。

AIが人間を超えるとき、世の中どうなってしまうか?と、心配するのもいいけど、意識して人間的であり続けることがもっと大切だと思う。

 

フランスと新選組

パリで日本博、ジャポニスム2018が開かれているので、フランスについて書いてみよう。
幕府とフランスの関係は強かった。
たとえば、幕府は、フランスの軍事顧問団を擁していた。
又、フランスの養蚕業が壊滅の危機にあったとき、ナポレオン3世が、蚕の卵を求め、幕府は、膨大な量を提供した。これは、フランスの繊維産業の歴史に残るエピソードである。
繊維で有名なフランスの都市といえば、リヨンだが、ここの技術師たちが、富岡製糸場の建設、運営に尽力している。
戊辰戦争のとき、フランス政府は、結局中立の立場を取ったが、軍事顧問団の一部は勝手に脱走し、幕府とこれを引き継ごうとする勢力とともに戦った。
最終的には、函館戦争、五稜郭の戦いであった。この時、日本最初、そしておそらく最後の共和国、蝦夷共和国が滅んだ。
わざわざこの国に忠誠を示したフランス人たちは、何を志としたのだろう。
榎本武揚は当然として、
土方歳三が、フランス語でやり取りをする場面はあったのだろうか?
土方とフランス人士官たちは、お互いの立場に「義」を見たのだろうか?
今日知ったフランス語がある。
justicier:義侠の士

中卒と中学受験 その1下克上

連想上のつながりを考えると、中学受験、下克上、ならば桜井信一氏。となる。
彼の著作を読むと(まだ一冊目だが)、「中卒の私でも、、」といった表現がたびたびあったりする。
彼のいう下克上とは、「中卒の親の子が、有名大卒になる」といった意味なのだろう。
つまり、学歴による身分格差を想定している。
もちろんそれは、暗黙の社会の制度を前提としている。この場合、それなりに安定した”制度”がなければ、序列もつかない。
ここが重要なところだが、戦国時代は下克上の時代であった、といっても、身分の上下変化が流動的になったということで、身分の序列制度自体が壊れたわけではない。
しかし、この先、”制度”自体があやふやになっていくのでは、とも感じる。そもそもこの制度は、なんとなく社会の成員が共同で作り上げた”イメージ”なのだから。戦国時代なら由緒ある律令制が存続していたわけだが、、、。
皆さんはどう思う?
道路工事とか現場仕事は机の上でできる仕事より”格下”なのか?
作業着姿は、スーツ姿よりカッコ悪いのか?
思うのは勝手だが、賃金格差が無い、いや前者の方が高い、ともなればこのイメージは、存続できるのだろうか?
いわゆる、AIは、後者を不利にしていくことだろう。

赤穂事件の吉良方忠臣を称える

12月14日、この日(あくまで旧暦だが)は、吉良邸討ち入りの日である。
なので、テロリスト集団(という解釈もできる)と戦い、君主を守ろうとしながら討ち死にした無念の義士を思い起こしてみたい。
清水一学義久、鳥居利右衛門、須藤与一右衛門らのことである。
講談的には、ボスキャラを守るサブキャラみたいなものだが、封建的”義”を貫いた者たちである。
一方、用意周到の武装集団の奇襲の前に、逃げ出した家臣もいるぞ。
 
清水一学義久については、この人元農民である。剣の道を志したことがきっかけで、吉良家に士分として取り立てられたそうだ。
この襲撃に対し、恩義に報いようとする気概は、その分強かったと推測できる。
とすれば、赤穂浪士たちの屈折した忠義より、率直でわかりやすい。
 
説話的には、悪役だ。だからこそ、ここに義士として書き残してみたい。
大人的に、保身を考えた者を非難しないが、僕的には、危機に際して本分を曲げない人を称えたい。
 

都民ファーストから日本ファーストへ

先月の都議選はスゴかった。老練というか老獪というかベテランの議員がボロボロ落ちて、いかにもナイーヴそうな新人に置き換わっていった。

その流れが、国政を担う新政党で日本ファースト。

都民→国民って素直な意味の拡大なら分かりやすいが、”日本”ときた。

これ極右のネーミングだろ、って多くの識者が言ってるそうだが、それならそれで一つの政治的立場である。

でも、本質的に倒錯的ではないだろうか。

日本が一番大切ってことを、”ファースト”なんて外国語を入れて表現しているからだ。

自国の言葉を大切にしないで、地域政党ならともかく、わざわざ外国語を国政を担う政党の名に含めるなんて国辱的に思う。これは、植民地の傀儡土着民の発想であろう。

この風潮まさに、憂国。こんなこと言う僕って極右?

フランス語 一かじりで見える世界

先の記事でフランス語に言及したので、もう少し書いてみる。

この言語一かじりで見えてくるものは、日本での普及ぶりだ。普及といっても、語学教室が盛況なんてことではなくて、「おしゃれ」のレベルではあるが。

例えば、子ども服のデザインに利用していたり、マンションの名前だったりする。

意味がわかっちゃう英語では、ダサい?

平たくいえば、高級そうに見える?

チョコレートケーキなら、自家消費、ガトーショコラなら贈り物。意味同じだよ!

ホワイト歯科は、行きつけの歯医者さんっぽいが、ブランシェ歯科なら、保険の適用のない美容歯科。名のある繁華街にあったりする。

おもしろいのは、同じような感覚は英語圏でもあったりすること。

英語圏の住人にとって、フランス語は格上の言語らしい。

個人的経験もある。

一人でアイルランドを旅行したときのこと、

B&Bの朝食では、外国人間の会話があったりするのだが、欧米系が主流である。

こっちは、「得体の知れないアジア人」みたいに見られたりする。

アメリカ人とおぼしきオバチャンたちに、声をかける機会があって、単に、「マダム、(ここで相手は口に手を当てる)、、、(以下ただの英語)」とか、呼びかけにフランス語が一言入るだけで、オバチャンたちの態度が一変した。

得体の知れないアジア人→文化的好青年、って感じ。書いてる自分が恥ずかしい。

大阪のオバチャンはこんな時、友好の印に飴をくれるそうだが、雰囲気はそんな感じのご婦人方であった。それにしても、なんてギャップなんだ!

映画では、もっとメガなギャップもある。

「ブレイブハート」の一シーンなのだが、

野蛮なスコットランド人、とみなされていた主人公が、フランス語に堪能であると発覚、これが王妃との禁断のロマンスの契機になっている。

実に!コスパのよい言語である。

かつて、カンボジアのポルポト政権はフランス語話者を真っ先に虐殺したけどね、これは例外事項。

これからの欧州の行方、メイとマクロン

フランスでマクロンが勝利し、6日、メイは大きな賭けに敗北した。

マクロンが勝利したとき、フランスからメールが届いたが、彼の若さを心配するものだった。でも、その後の進展は良好である。

結果、EUが独仏の軸で引き締められ、イギリスは厳しいEU離脱条件を飲まざるをえなくなるだろう。

派生的なこととして、スコットランドは、「イングランドなんかとは、付き合いきれない」って考える。そもそも、フランスと組んでイングランドに対抗してきた歴史がある。つまり、連合王国からの離脱、EUに接近の気運だ。

困るのは、北アイルランド。根深い紛争地帯なのだが、「おなじEUだし、、」って、とりあえず妥協してきた。

でも、EUの枠が外れだしている。そのうえ、メイは、北アイルランドの強硬なプロテスタント勢力に接近しようとしている。保守党の負けを補うためである。

結果、気運は不穏になっていくだろう。

すでに、アメリカのヤバイ老人は、「やっぱり、、、」って状況にある。アメリカの影響力も低下していく傾向にある。そもそも、自国中心の自己中毒の人だし。お名前の語源は、「勝利」と推測するのだが。

オマケの話題なのだが、米英の退潮は、(少しは)英語の退潮になるのだろうか。僕は、特段、反英語主義者ではないが、言葉の世界の多様性には、こだわる。

国際化、じゃなかった、グローバル化は、英語化?やたら英語にこだわる大学が増大しており、第二外国語も必須ではなくなっているそうだけれども、英語圏の力が低下するなら、フランス語とかもっと注目されてもいい。

もっとも、単位取るならドイツ語の方が楽だけれど、如何せんフランス語圏の方がずっと広い。たとえば、目立たない国でフランス語が公用語だったりする。

おじいさんの革命戦士

例えば、、顔まで黒タイツで身を包み(目、鼻、口は白の縁取りで出ている)、エンブレムの付いたベルトを締め、地味な賃貸住宅に隠れながら、毎日「イーッ!」って奇声を上げて、数十年間世界征服を目指す戦闘員を自称する人がいたらスゴイよね。

でも、似たような人がいた。初代仮面ライダーのころから、どこの交番にも、お尋ね者として掲示されている「例のあの人」である。捕まってみたら、変貌したおじいさんであった。

しかし、なんだか小ざっぱりとして、こんな当時の若者の歌が合いそう。就職ではなく、収監だけど。

”就職が決まって髪を切ってきたとき、もう若くないさと君に言い訳したね”

(いちご白書をもう一度)

余談、うちの子は、懸賞金を狙っていたので、残念がっている。

一般的には、指名手配殺人犯。本人の自覚としては、帝国主義と闘い、世界の人民を解放する中核的前衛たる革命軍の戦士だろ?

異様だけど、本人が変わらなかっただけで、変わったのはむしろこの社会だ。

当時の時代精神って興味深く感じる。時間を離れているからこそ、見えるものもあるだろう。今の若者のリアリティも、時代を離れてみれば、どのように見えるだろう。

大玉村とマチュピチュ 大いなる成婚(友好都市調印)

例えれば、このようなおとぎ話になろう。

世界中の王族、貴族、成り上がりの金持ちから求婚が殺到する娘がいた。でも娘はどの縁談も断り続けた。いずれも、心の琴線に触れる相手ではなかったから。

娘は、静かに古い思い出に想いを馳せた。「そうだ、あの方なら、きっと」

赤い糸は、途切れることなく、地球の向こう側に届いた。そこは、美しい山の麓の小さな村だった。

古風な青年がいた。地味だがすがすがしく誠実で、その足はしっかりと大地を踏まえ、その心には凛とした一本の筋が通っていた。

大地と風と空は、わが子のことのように二人を祝福し、この時、大地は金色の収穫を届け、風は、心地良くそよぎ、太陽は、二人を温かく照らし出しましたとさ。

pax hominibus bonae voluntatis/良き心映えの人々に平和を

2015.10.30日経、春秋からのアレンジ

大いなる田舎、大玉村のサイトはここ、

https://www.vill.otama.fukushima.jp/