スピリチュアル

子どもたちの魂をこの世につなぎとめるささやかな自然

なんだかアブナイタイトルにしてみた。これは僕なりの危機感の表現だ。

保育園のお友達たちにねだられて、うちの娘が、庭の植物を摘み、プレゼントの包みを作る。そして保育園へ。

包みの中身は、レモンバーム、ローズマリー、日本水仙、少し紅葉したアイビーの葉、フウセンカズラの種(ハートマークが明瞭でかわいい)。

全て生きた自然の対象物で、いくつかは独自の香りを楽しめる代物である。

ささやかなアレンジなのだが、子どもたちはとても興味を持って受け取ってくれるようだ。

そういえば、娘がクリスマス会で髪に差した西洋ヒイラギにも大きなインパクトがあった。

このように、子どもたちが、この世、つまり自然界に、関心をつなぎとめる文化を広めてみたい。

もうすぐこの子どもたちは小学校へと進学する。

いまどきの小学生は、ゲーム機などを通じてサイバー空間に”魂”を封じ込められがち、と僕は解釈している。そこに追い込む力はなかなか強大でもある。

それは事実上必要な経験とも考えるが、行ったきり、では問題だ。文字通りの依存症である。

だから予防策として、娘とともに植物を配る。生まれながらにある豊かな感性を通じて”この世”とつながる楽しみを持ち続けさせるために。

命のつながりについて

今日は、遅めの時間帯で、保育園に行った。うちの娘の同級生たち、つまり本年度3歳の子どもたちと、沢山の挨拶をする機会があった。

若い命と触れ合うことは、実に、気持ちがよい。

この子どもたちは、命の流れの最前線にいる。思いっきりマクロに表現すれば、はるか数億年前、この地球に生まれた生命をこの子どもたちは引き継いでいる。

途方もない話だが、進化論に従えば、真実である。

命とは、バトンリレーのようにつながっていく。というと、のどかだが、走者はいずれ交代する。実際のバトンリレーでは、バトンの受け渡しは一瞬のタイミングでしかない。この一瞬のタイミングとは、子どもとこの世にいられる時間のことである。

人間の経験尺度を越えた、長い生命の流れの中でみれば、確かにそれは、一瞬である。

日日是好日 困難に向き合う言葉として

今年の夏休みは宮古島へ行った。ところが、台風が2つ接近中。事なきを得たが、泊まったホテルの部屋には、この言葉、渋い禅語があった。実際、好日続きであった。

現在、東京へも台風が接近中。もうすぐ暴風雨か?そこでこの言葉を再び思い出す。

雨風、洪水をしのぐ安全な場所があればとりあえず問題ないが、生きてればどんな災厄があるか分からない。けど、この言葉は、いわば、人生の絶対肯定を求めている。考え様によっては、とても厳しい言葉である。

たとえば、「なんで自分が!」なんてことは、いろいろあるけれど、誰かを恨んだり、自分を責めたり、現実回避の方策を思案しても始まらない。理不尽なことや、不運を正面から受け止め、乗り越えろ。この言葉は、そんなメッセージを含んでいると思う。

ただし、がむしゃらだったら、このテイストに外れるだろう。禅語だし。もっとスマート。

現実にうろたえず、耐えられないものも耐え、黙々と今できるなすべきことをなす。その姿は、清清しさを感じる、、、禅的にはこんな境地なのだろうね。

禅と子育て、イクメンは修行である

うちの娘は、オムツ外れ一歩前だが、昨夜は久しぶりにウンチによるオムツ交換を実施した。ほとんど、懐かしい作務である。娘もいつになく、神妙、、。

今、作務と表現してみた。作務とは、禅的な言葉だ。なぜって、禅では日常生活に伴う諸般の雑務を修行の一環として考えている。

禅といえば、道元。この人、教科書的にはひたすら座禅をすることを薦めたとされているが、一方では、日々の生活すべてが禅であるとも言っている(行住坐臥)。つまり、あたり前の日常をまっとうすること自体、正しい”道”というわけだ。

残念ながら、道元が子育ての作法を語っている形跡はないと思う。けど、これほどヒューマンな日常作業が、修行の対象にできないわけはないだろう。

ある意味、子育ては苦役である。新生児なら、夜昼かまわずオムツ替えやら、ミルクの調合なんかで忙殺される。明日は仕事だ勘弁してくれって感じ。

でも、人が人を育てることは、本当に人間の基本的な行為だといっていい。親としても、初めて親になったのならなおさら、人としての成長の機会にもなりうる。つまり、修行である。

昨今の風潮によれば、終身雇用に期待するなど、時代遅れで、一生仕事のスキルを高めましょうって、それはそれでいいけど、産業に期待された労働生産性の向上、だけが人間生活のすべてではない。

かの、道元。エリート修行僧だったから、海外留学もできたわけだが、そこで大きな転機を経験している。

それは、食事係の老僧との出会いだ。若い道元にとっては、スゴイ教理とか、カッコイイ座禅修行にあこがれていただろうけど、この老僧との出会いから、男のクッキングも崇高な修行になりうると悟った。そして、やがて本当に悟ったとされる。

ぼくは、この逸話が大好きである。

登山とスピリチュアル 高尾山エピソード

まだ夏なので、もう少し夏物を書いてみよう。テーマは登山。忘れてはいけない。日本は、先進国の中で、(多分)最も登山が身近にできる国なのだ。登山には、近代的な登山もあれば、伝統的な登山もある。

東京のスーパー観光地。ミシュランのお墨付きの高尾山に登ったら登山か?ケーブルカーとか使って、ビアガーデンで楽しんだら、該当しないだろうけど、ここは特別な山ではある。

なぜって、本来、修験道の聖地だから。あるとき、高尾山の裏ルート(蛇滝コース)から登ったことがある。中腹を越えると、何やら、女性の絶叫が聞こえた、、って、これは事件ではない。よく聞くと、それは般若心経であった!

つまり、滝に打たれて修行中の人だった。高尾山は、スーパー観光地なのだけれど、こういった本来の営みも続けられている。

いわゆる(本格的な)登山は、西洋の文化である。明治以降に導入されたものだ。モダンな文化といってもいい。

山とは、山にもよるが、本来神聖なもので、わざわざ行く奴なんてカタギではなかった。修行僧とか、修験者とか、あっちの世界の人たちの世界と認識されていた。これは、民俗学の見地である。

かの、源義経も、山の中で預けられて(剣術指南は天狗とされる)日本史上のヒーローになれたし、空海だってその筋の勢力が背後にあったとされる。

さらに、高尾山エピソード。あるとき、夕暮れ近く。下山途中の山道(琵琶滝コース)で、ハイヒール履き、ワンピース姿のファッショナブルな女性(大丈夫か!)に道を尋ねられた。

山の中にいれば「山ガール」というわけではない(実感、、)。いわく、「これからお祓いをしてもらいに行きます、お寺はこっちの道でしょうか」。

「もうすぐ日が暮れますから、後日の方がいいかと、、云々」。合理的な説得を試みたが、行ってしまった。

お祓いって、、改めて、普通の山ではないことを実感。

大震災とエピソード 思い出探し隊

自宅の瓦礫の中から何を探すか?多くの人が家族のアルバムを探している。また、「思い出探し隊」など、ボランティア活動として、これを支援する人たちもいる。

町、村ごと物理的に壊滅するような事態は、個人のまとまりのある経験世界の崩壊でもある。その後は、現実味を失った混沌とした安住できない世界が広がっている。「現象学的社会学」の視点では、このような記述になるだろう。

人は、それぞれ自分の世界を持っていて、その中で、自分の位置を確認しながら生きている。しかし、この”世界”が壊れてしまうと、生きる指針を見失ってしまう。いきなり、「罹災者」ってラベルを貼られてもそれだけでは、困る。

このラベルがあれば、とりあえず衣食住を確保する契機とはなるが、現実感のある自分の経験世界を立て直すことにはならない。

この点、家族を含めたアルバムは強力なツールになる。過去は、変えられない。だからリアル。瓦礫の山を見ても、自分が何者であるかの、手がかりはないけれど、アルバムを確認すれば明確だ。

その中には、亡くなった人たちもいるだろう。家族なら、今の自分への、”リアル”なメッセージを聴く事ができるはず。このメッセージは、恐るべき、認容しがたい現実に対抗しうる手段の一つ。

思い出探し隊って、いい仕事しているなあ。

あなたたちは、罹災者に慰めを提供しているだけでなく、その心の中に社会的現実感を回復させ、さらには、社会生活の再構築に向けた、心理的基盤を補強している。

神々(こうごう)しい人たちとM.エックハルトの言葉

よりによってこんな時期、事前の予定によりうちの娘が手術を受けた。余震の続くなか、国内最大の小児科病院でしばらく付き添いを続けた。

全身麻酔が切れたらもうたいへんだ。制止を振り切り、点滴を引っこ抜き、血まみれ状態。これにはまいった。点滴には痛み止めも含まれているのだから、自業自得となる。結果、夜中まで泣き喚くことになった(服薬まで抵抗)。

しかし、この病院にはふさわしくないほど元気な患者ではある。壮絶な闘病生活を続ける子どもたちを見た。ずっと機械に固定された赤ん坊だっている。泣き叫ぶ元気があるなどありがたい。舌下の大きめの腫瘍(良性)を切除したのだからさぞかし痛いだろうけど。

重い症状の子どもたちがひたすら今を耐えている。かわいそうとかそんな次元、つまり大人が上から見るようなものではなく、むしろ崇高さを感じさせてくれた。

明日のことは分からないが、ただ今を生きるということ、この子どもたちにはこれが崇高な責務なのだ、と思った。

大震災があった、いや、まだ継続中というべきだろう。廃墟のような病院で子どもを産んだ母親がいた。消防士たちは、津波に向かって急行していった。今も、放射線に焼かれながら作業をしている人たちがいる。冷たい浜辺で、瓦礫を掻き分け家族を探している人たちもいる。

あの日、あの時、うちの娘は保育士の先生にとりすがっていたそうだ。幸いうちの娘の保育園に被害はなかった。しかし、東北では、そのまま津波に飲み込まれた保育園もあったに違いない。その時、保育士の先生たちは、立派にできるだけの責務を最後まで果たしたに違いない。

なすべきことを受け入れ、正しく全うしようとする人たちの姿は、とても神々しいと思う。

M.エックハルトの言葉を思い出した。

エックハルトとは、中世ドイツの偉大な神秘家であり、かつ教会からは宗教上、最も危険な思想の持ち主とされていた。

エックハルトいわく、「神は貴方より、貴方の近くにいる」

(確かにあぶない人ではある)

非常に神秘的で、直感的な言葉だが、感覚的な意味で、この時期だから、わかる。この言葉、いつでも神様は貴方とともにある、ってメッセージを独特なレトリックで強調したものでもあるが、もう一つ深い神秘的な意味もある。

それは、誰もが、尊いものを宿していて、それは薄っぺらな自我なんてものより、本質的なものである、と解釈できるだろう。この思想は、崇高な行いをした人々を最大限讃えるものでもあるし、誰でもその素質を持ち合わせていると説いている。

事実、今回の未曾有の災害に対し、多くの人たちが、その身をもってこれを示してくれた。

心のバックヤード(backyard) アイルランドの夏のできごと

アイルランド、ミース県ロングウッド村でのできごと。小さな商店を営む家族から夕食に招かれた。お譲さんが裏庭(バックヤード)を見せてくれた。

小さな庭だ。初夏のアイルランド、夕暮れ時。花々の盛りの季節。数種類の花があった。青いアイリス(日本産か)の群れが印象的だった。ニワトリ小屋でコッコ、コッコとニワトリたちが盛んにエサをついばんでいる。(夕食のチキン料理はここから来たか?少なくとも朝食の卵は調達できる)平和で心の落ち着く小空間。遠くには緑の平原が、夕日の中でオレンジ色にかすんでいる。

バックヤードって資材置き場、倉庫置き場など実用的な意味もあるが、こういった裏庭そのものもバックヤードだ。

表からは全くわからない。商店だから、公道には実用重視の仕事場を提示、しかし、裏庭には、家族重視のプライベートな空間が備えられている。こういった区分けは日本にはあまりなさそうだ。けど、いい。公私の区別が明快だ。

もう少し抽象的に考えてみる。最近、日本でも、ワークライフバランスの重要性が取り上げられているが、空間的な意味では、このような家屋の設計もワークライフバランスの例といえるだろう。

スピリチュアル的に、バックヤードの観念を拡張できないだろうか、と僕は考えている。こういった不況の中、グローバリズムとかなんとか、やたらに効率重視に向かっている。生産性とは、公の基準。これが、僕たちの心を侵食しているようなことはないだろうか。人間を有用性において判断することも必要だが(立派な経営者ならなおさら)、それがすべてではない。

追い詰められた?派遣労働者が秋葉原で無差別殺人、最近死刑判決があった例だ。犯罪心理学、刑事司法から切り口を考えてみてもいいが、こういった事件の背景は、バックヤードの喪失という観点から考えてもいいいだろう。

この場合バックヤードとは、単なる私的領域ではなく、素のままの自分が当然に受け入れられることが保証された、「社会的場」のことである。

コンパニオン・プランツ ローランド地方の旅で

本来の意味ではないもう一つの意味の提案。コンパニオン・プランツとは、植物の組み合わせによって、園芸的効果を高める場合、あえて寄植えする植物のことをいう。たとえば、ハーブ系の植物を花壇に加えることで、害虫のつきやすい植物を守るようなことだ。

しかし、人との心情的なかかわりを持つという人間以外の対象の意味で、コンパニオン・アニマルがいるならコンパニオン・プランツ?もあっていいだろう。

以前、取材の仕事のため、現地カメラマンとスコットランド・ローランド地方を旅したことがあった。小さな、こぎれいな町で、すばらしく居心地の良い民宿(B&B)に泊まった。

民宿といっても、庭付きの城の風格であった。貴婦人みたいな(というより、本物)、ご婦人と、人がよく、育ちのよさそうな旦那が切り盛りしていた。「彼らきっと貴族だよ」とカメラマン氏はいう。

居間には、相当に大きく育ったシャコバサボテンの鉢植えがあった。ほっといてでかくなった、なんて代物ではない。長年にわたる気遣いの賜物である。このサボテンもその気持ちに応えて、毎年のクリスマスのころには、豪勢な花を着けるに違いない。

子どもたちが巣立ったあとも、この夫婦の生活とともにあった、なんてストーリーが見えてきそうだ。こういった”代物”は、安定した堅実な生活の指標にもなるだろう。

僕がイメージするコンパニオン・プランツとは、こういった類のものだ。タネで育てる一年草では、個性が見えてこない。かといって庭木は、家族のように身近に置けない。サボテンのように鉢植えでゆっくり育っていくものがこれに相当する。

文化としての幽霊 イスラム圏に幽霊は出ない?

私たちは、現実をそのまま見ることができない。個人的経験なり、共有する文化のフィルターを通して”現実”とされる対象を認識している。

日本、イギリス、アイルランド、これらの国には幽霊の文化がある。だから出来事としての幽霊遭遇話が生まれる。

僕がイスラム神学者から学んだことによると、イスラム教では、肉体とともに魂があるとされている(かなりマトモな発想である)。肉体は死んでいるとしても、死者の魂は、いわば眠った状態にあり、最期の審判のときに魂が神の前に呼び出されるのだそうだ。基本的にキリスト教も最後の審判を想定しているが、イスラム教の方が徹底していると考えることができるだろう。

したがって、イスラム圏では、魂が勝手に一人歩きしたり、特定の場所にとりついたりすることはありえない、とされる。つまり、幽霊は存在しない。

では、「見ちゃった」って場合どうするか、それは、”ジン(精霊)”の仕業と解釈される。このジンとは、悪魔でもなく、天使でもないその中間の霊的存在のことらしい。つまり、イェーツの説くところの妖精みたいなものである。イスラム教では、そこそこ人に害をなす精霊を認めても、幽霊の方は認めないわけだ。

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