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地下鉄サリン事件とあたりまえの神々しさ

この日に誰を讃えようか。

それはあたりまえに自分に与えられた仕事を全うしている全ての人。

そのあたりまえが社会の平和と存続を成し遂げている。

赤ん坊のおむつを替え続ける人

列車の安全確認を怠らない人

荷物を確実に届けている人

見えないところまで物作りに気をくばる人

患者の愚痴を真摯に聴き続ける人

その他いろいろの人たち

(人類救済の戦いに挑む戦士だとかは別として)

そんなあたりまえの繰り返しの中で、人の真価が問われることがある。

崩壊する日常の中で、守り抜かねばならないあたりまえもある。

あの日、あの恐怖と錯乱の中で、

あの人たちは、そのあたりまえを守り切ってくださった。

 

 

 

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