« 子どもと学ぶおとなの日本史 その1旧石器時代 | トップページ | ラテン語の世界 その44 コロナ »

子どもと学ぶおとなの日本史 その2 縄文と弥生

小学校の日本史の時代区分として、新石器時代といった表現はなく、縄文時代である。

ここまでが狩猟採集中心の時代で、弥生から農耕の時代、それはより大きく社会が統合されていく時代となる。

そして、弥生の末期には、あの卑弥呼が登場し、彼女が日本史にほぼ初めて登場する個人であるがここから文字の記録のある歴史が始まる。

しかし、この時代の変化は、日本列島の隅から隅まで年号が変わるようにある日を境に時代区分が変わったというのではなく、より弥生的な生活をしている地域もあれば、より縄文的な生活をしている地域もあり、相当長くこれが混然としていたというべきだろう。

ところで、教科書に紹介される双方の遺跡としては、縄文の三内丸山、弥生の吉野ケ里がある。どちらも一見似たようなものだが、3000年以上の時間差がある。

一方、昭和だ、平成だ、令和だとかそんなチマチマした歴史区分が当然となったのは、ごくごく最近のことだ。つまり、一口に日本史といってもかなり質の異なる区分を、当然に、連続的に扱うことには、本来無理があるとも思う。

また、縄文、弥生の間には、もちろん米作りに代表されるような文化の違いがあるとしても、その主体の人たちには人種的な違いさえあったことをわきまえるべきだ。歴史的には、遠い話のようだが、形質人類学の視点からすれば、縄文人も、弥生人もいまここにいる。たとえば、かく言う僕は、程度的にかなり縄文人である。

この観点を持つか持たないか、これによって歴史観も違ってくる。

« 子どもと学ぶおとなの日本史 その1旧石器時代 | トップページ | ラテン語の世界 その44 コロナ »

思想」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 子どもと学ぶおとなの日本史 その1旧石器時代 | トップページ | ラテン語の世界 その44 コロナ »

2020年7月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ