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2019年7月

逆説の社会史 その16 吉本興行と大学病院

今日も吉本興行の件が報道されている。今日は、弁護士の解説つきである。

基本的な次元でずれていると感じる。つまり、法律問題以前、前近代のしきたりから派生した問題なのでいきなり法律論から始まるのが変な感じなのだ。

当の芸人さん、テレビで親子がどうのこうのと話していた。そこからして、当事者の感覚では、雇用関係とか、業務を請負うとか、法律問題の話ではない。

芸人さんと社長がどんな関係で、どんなときその関係が断たれるか、公の社会の流儀なら契約問題なのだが、「古くからある部分社会の土俗的慣習」が優先するらしい。というか、当事者は法律とか外の世界とことと思っているのだろう。こういう場合、内の社会を「土俗部分社会」と僕は名づけたい。

芸人さんが弁護士を代理人として立てた、これは、「土俗的部分社会」を裏切ることなので、社長さんはさらに激怒する。わけだ。

その芸人さんが、「反社会勢力」と関係を持ったとしても、吉本興行自体、不文律の親分・子分関係で成り立っている。それは、古風な(正統な?)暴力団の仕組みとよく似ている。

なので、社長さん的には、社会から非難されたことよりも、「勝手によその組から”しのぎ”を得たこと」が怒りの理由ではなかろうか?

もちろん、ヤクザではないので、「指詰め」はない。でも、社長の一存で「破門」はあり。この「破門」の有効性 を法律用語であれこれ弁護士が語るのは(悪いけど、、)滑稽である。あえて、専門用語を使うなら民俗学方面が適当だろう。

でもでもでも、、、この会社は日本の娯楽文化の中枢を担っている、真実すごい会社なのだ。吉本の芸人さんの名前を一人も知らないのなら、社会生活にも支障があると思う。

さて、話題代わってもつながるのだが、大学病院で、無給で働く医師がたくさんいるそうだ。かつ、過労死ラインを前後する場合も。これは、無休オプションである。

好きでやるわけでなく、それをしないと不都合なことが大きいので、、それは医師法でも労働基準法でもなくたぶん、先の「土俗的部分社会」の流儀による。

マトモな教養のある西洋人なら、これを単純に「奴隷労働」と解釈すると思う。もう少し好意的にその文化を認めるなら「封建的徒弟制度」かな。

進学校が、医学部への進学率を競い合っている現状がある。そこは、人生の栄えある先?でも、その先にはこんな社会の異様な別枠がある。

日本の社会は、奥が深いね。日本は法治国家で、法律が定めたルール、価値観が当然に日本中にいきわたっている、わけでなく、ところどころ特段辺境でもない重要な場所であっても、ぽっかりと国家の定めた法の及ばない空間が散在している。

 

 

 

 

ラテン語の世界 その42 猛暑とフランス語

フランスの知ってる人から一斉発信のメールが来た。その添付書類の題名は、「canicule」,,てなんだ?

canisならラテン語で犬だけど。

フランス語の辞書を引くと、猛暑とある。夏の盛り、土用ともあるが、これは大犬座のシリウスが太陽とともに昇り沈む時期にちなむ。

だから、犬ってわけだ。ちなみに、フランス語の犬は、chienである。

やっぱり猛暑のヨーロッパの動画だった。

あともう一ひねりある。この動画、犬たちの猛暑対策を集めたものだった!

題名だけでも、ずいぶん意味を圧縮できるんだね。

 

 

 

ラテン語の世界 その41 リブラ/Libraと帝国主義

英語の辞書では、古代ローマの重量単位。

ラテン語の辞書では(つまり大元の意味では)、重量単位、はかり、天秤、水準、象徴的な意味で、正式な手続による所有権の移転とある。

よくぞこんな言葉を選んだものである。フェイスブックの野心を明確に表現した恐るべきネーミングである。

解せば、この世界の取引の基準を創設する基軸通貨であろうとするわけだ。

ドルは基軸通貨というけれど、一企業がこんなたくらみを描くとは、、、かつ、描くだけでなく規制がなければできちゃう。

別な角度からみると、アメリカ中心の世界秩序が次第に崩壊しつつあるのだろう。

その背景には、中国の台頭とか国家間の競合ばかりでなく、民間?企業自体がそれにエントリーし始めていることが判明した。

仮想通貨は、すでに金融資産の段階を超えてしまった。

 

 

 

 

イヤフォンする人、しない人 知覚の統合性について

スマホの普及がそうさせているのだろうけど、少し書いておきたい。

街中でイアフォンを聴く、すると聴覚だけ別な世界に分離する。BGM的に整合することもありうるけど、場違いな知覚を気にする人、気にしない人がいるはずだ。

一つの例。

アイリッシュ・ダンスを習っていた仲間のことだ。この、アイリッシュ・ダンス に重要なことは、ダンス曲の種類に応じたリズムの感覚を体に取り込むことである。彼女は、とにかく音楽を聴こうと思い立ち通勤時間を活用しようとした。そこでイヤフォンである。

ところが、「気持ち悪くて、挫折」ってことになったそうだ。思うにダンサーは、音楽と身体感覚の統合が大切だ。それは、通勤電車の環境とダンス曲との整合性にも関係あるのだろう。

で、気持ち悪い、と感じたと思う。

もう一つ。

ある企画で、出版社の人、写真家とスコットランドの壮大な渓谷をドライブしたときのことだ。

出版社の人は、電子音楽系のCDをかけ続けていたが、あとから写真家の先生が苦言を僕に述べていたことを思い出す。「あの景色の中で、あの種の音楽普通聴くか?変だろ!」

という具合に、その人の感受性が知覚の統合性を求める場合がある。

この違いは、個人の性格特性に関わっていると思う。また気にしない人は増えているだろう。それがその人の生き方や社会の在り方にどんな影響を与えるのだろうか?と僕は関心を持っている。

どなたか、心理学系の研究題材にしてくれないかな。「知覚の統合度と人格特性の関連について」とか。

 

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