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2018年7月

闇払いについて

「ファンタジー文学」のカテゴリーに入れたが、本当は「今現在の、どぎつく生々しい問題」を遠回しに書く。

「裏社会」は、さまざまな形で政治に関与し、利権の誘導を画策するものだ。国によっては、どちらが公に政治をしているのか判別がつかないこともある。日本だって次第に侵食されうる。
一般に、明確な違法行為による政治・行政の操作は、その事実が比較的摘発されやすい。

しかし、婚姻関係、つまり、法律上慎重に保護されている障壁を突破されると、そこはむしろ一般の目が届いてはいけない領域となる。なので、狡知にたけたその筋は、ここを狙うものだ。

”この問題”は、私の知る限り週刊誌掲載二回目にすぎないが、これから大きくなりうるべきだ。問題が大きく扱われないこと自体、小林よしのり氏が危惧していたが、私も同感である。

奄美紀行 その6 海岸の木

「それでも私は生きている」、とこの樹はいう。
三回出会って、三度目に撮影した。笠利湾を臨む海岸線での出会いである。

Photo
南の島特有の暴風との対決の歴史が、その枝ぶりに表現されたのだろうか。
特徴ある木々たちとの偶然の出会いは、旅の魅力の一つである。
人と樹は、環境との関係がそれ自身を形作っていくという点で、共通する。

猛暑と同調行動

あまりに暑い(熱い?)ので、日傘(といっても雨傘で代用)をさして外出することにした。汗だくで通勤したりすると、着替えを考えなければならないので、それだけでも負担になるからだ。
最近は、ネクタイの習慣も気温を配慮することになってきた。これは、いいことだが、さらには男の日傘も普通になっていい。
やってみると、人目が気になるものの、やはり自然だ。そこで考える、普段どれほど人目をはばかり無用な苦労を負っているか?なんとなく周囲に合わせなければいけない、同調の圧力は、若年層ほど強くなっているように感じる。大学生の就職活動など見ていると、如実ではないだろうか?
”とにかくみんないっしょ”、メダカやイワシの群れ行動は生き延びる術であるが、人間社会では、そこまでしなくてもいい。だろ?
思い出すのは、初めての海外、アイルランドのダブリンの街だ。夏の終わりの気候で、そこそこ涼しかったり、暑かったりするが、人の服装はまさに勝手気ままであった。Tシャツと初冬のような厚着が混在していた。まあ、ビジネスマンならお決まりだろうけど。
そこで気がついたことは、日本で暗黙に感じていた同調の圧力である。

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