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多言語の学び方 その2 英語の偏重

司馬遼太郎の受け売りだが、福沢諭吉は、英語の必要性を自覚し、「英語が少しできる」幕臣のもとへ、その出勤前の時間に教えを受けるため、夜明け前、文字通りの野原であった秋葉原を駆け抜け通い続けたという。
西南戦争に参加した薩摩の若者たちは、自らの命とともに英単語帳も散らして死んでいった。
そして、明治維新から150年。
昨日の日経新聞には、3割の公立小学校で、英語授業を2020年度の本格導入前に増やしているとされる。
このように、今でも、数ある外国語の中で、英語だけが突出した重要視をされている。
これからの社会は、そこまで英語中心になっていくのだろうか?
実利的にも根拠はあるのか?
東京23区に入ると外国語の会話を聞く機会の多さに驚くが、中国語の割合は英語を凌駕していると実感する。
それは、経済のデータにも合致する。
どこの国が好きかって?そんな問題ではないだろう。
薩摩の若者は、その志のための必要性として英語を学んだはずだ。
ドライに語学は手段と考えるならば、外国語学習は、もっと多様な選択があった方がいい。その方が、国益にもかなうと感じる。
ついでに、小学生の親として言おう。
最近の小学校はやること多すぎである。
自身のころと比べ、複雑で過密なスケジュールになっているようだ。
確かに、時代に合わせた課題があり、教育も対応する必要性があるとしても、これが累積していくのではないか。
国語力の低下が深刻、といった話は新しいが、すると”試み”が始まるだろう。
単純にいえば、足し算ばかりで、引き算をしない。
教師は疲弊し、親も巻き込まれる、、、
長くなるので、今日はこのへんで。



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