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部分社会について その3 ジャイアンの野放し

ジャイアンって、どらエモンのジャイアンなのだが、今の小学校なら最重要課題であるいじめの先頭に立ち、暴行、傷害、脅迫、恐喝を常習としてしている。なのに、スクールカウンセラーが対応するとか、新聞沙汰になって教育委員会がやり玉に上げげられることもないどころか、担任教師も被害児童の保護者も無関心である。

アニメといってしまえば、それまでだが、社会史を語る重要な資料である。
つまり、この時代は、子ども社会に親は介入しない。これが原則だったと分かる。もっとも、「ガキ大将」とは、恐怖で子どもたちを支配していたのではなく、その面倒を看ることで信頼を置かれていたものであるらしい。さらに年長の未成年の「番長」とは、ほんとうにいたそうだ。子どもを代表し、教師と渡り合うくらいの度量をもった子どものリーダーだったそうだ。

つまり、昔の子どもたちは、それなりに自律した部分社会を形成していたわけだ。子どもたちにとって、衝突、和解、リーダーシップ発揮などの実践を通じて自前の問題解決能力を学ぶ機会だったとも思う。

ところが、今時は学校の一元支配が周到に制度化されていて、いじめの摘発も強く奨励されている。いじめゼロ推進は結構なことだ、としても「子どもの部分社会」が消失したことによって何が失われたのか、少し考えてみてもいいだろう。
この点、習いごと漬けにしがちな親の姿勢も考えてみたい。
子どもたちのために何をするか、ばかりでなく何をしないでおくか、という発想も必要だろう。

ドラえもんだって、あえてのび太を助けない選択をする場面もある。



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