« 2018年2月 | トップページ | 2018年4月 »

2018年3月

リメンバー・ミー その2 お盆と死者の日

全くの異郷でなつかしい感性に出会うこと、それはとても意義深い経験だ。なぜなら深い人間的なもののつながりを発見することだから。メキシコの死者の日って、こういったものかも知れない。
一般に日本のそれは、お祭りというより、もっとしめやかなもの。でも、京都五山の送り火など、大きなイベント性のあるお盆の行事もある。
メキシコのあたり、宗教的には、カトリック圏である。しかし、こういった形での死者とのかかわりは、カトリックの教義自体にはない。もっと土俗的な風習がとりあえず折り合いをつけているのだろう。
日本でも同じようなものだ。お盆は仏事か?とりあえず形はそうだが、死者があっちとこっちを行き来するなんてのは、仏教の正統な経典にはない。
この点は、メキシコのそれも、日本のそれも同じだ。宗教の枠を超えたスピリチュアルな儀式と考えればいい。
では、こうやって死者との交流を行うことは、どんな意義があるのだろう?
思うのだけど、それは、自分は何者?って意識を新たにする機会だ。
つまり、なぜここに自分がいるのだろう、自分は何を期待されているのだろう?
それを考える機会でもある。
ぼくなりの意見だが、これはとても基本的な教養だ。
そして主人公は、死者と”直接に”関わることにより、与えられた期待と、望む生き方を調和、いやあえて哲学用語を使いたいが、止揚させる。
これは、今風の自己愛的な成功物語とは異質だといいたい。その例も対比されているけどね。この対比がキモである。

リメンバー・ミー その1 おおまかな感想

最初はたいして期待していなかったのだが、これほど想定外に心を打たれた映画もあまりない。
舞台は、メキシコ、地味だな、、と考えたことを反省している。
メキシコ人といえば、あのトランプが嫌悪し、壁を作って排除しようとしている人たちだ。
現状、すさまじく治安が悪く、政治の腐敗もはなはだしい。
それは、事実としても、考えてみよう。
だから、家族単位でどうやって生き抜くかが、問われている。つまり、家族の絆は美談というより、生きるすべである。
欧米的な個人主義は、”ありのままに自分らしく”って具合に、日本でも美化されているけれど、それはそれなりの豊かさがあってこそだろう。
と、改めて認識する。
アメリカ的なセレブの成功ぶりも描かれる。これは、対比的に見事な皮肉となっている。ここも、しっかり見ておこう。
日本的な心性にとても、親和的だともいいたい。彼らの死生観は、日本のそれと、とても深いところで共振している。
余談だが、断片的に、スペイン語が登場することも楽しめた。もともと、スペイン語は気になる言語なのだが、いつの日か、スペイン語版も観てみたい。本当に、中に入り込めそうだ。
最後に、特におすすめの人をあげてみよう。
第一に、家族を失った経験のある方。
第二に、いつか死ぬ方だ。
この映画の死者たちは、大切なことを教えてくれるだろう。
 

多言語の学び方 その1 クセージュの気持ち

最近、多言語をテーマにした講演の機会があったので、この資料を基に、少し広げて書いてみる。
まずは、心がけから。
Que sais-je?/私は何をしっていよう?
あのモンテーニュが言うので、重みがある。
素直な開き直りの気持ちが大切だ。
特に、学び始めの段階は、結構、人目が気になったりするだろう。
言葉上、赤ちゃんレベルの自分に向きあう必要がある。
それに、ベタで地道な作業になる。
想像してみよう、車内とか、みなさんスマホをほじっているのが当然の状況で、単語帳やテキストを片手につぶやく自分を。
スマホの画面を眺めているようにはいかない。読んで、書いてみて、整理して、つぶやいて、忘れて、また同じことを積み重ねていく孤独な作業が続く。
うちの子が、九九を単語帳で覚えているとき、グダグダ言うので、自分の単語帳を見せてやったことがある。
「おとーさんもやってんだぁ!」
すると、「ヒェー!!」と応えてよい子になった。よしよし。
それにしても、世の中グローバルで、これから英語ができなきゃならない大変だぁ!
って日経新聞を読んでいると追い詰められそうに感じるが、電車の中で英語の勉強してる人さえまれだ。これが現実である。
というわけで、「とにかく、人に同調する」、この日本らしい処世術に逆らって、空き時間には、孤独な作業、動詞の変化形を憶えるとかする。
でも、少しでも同志がいたらいいかな、、、

キツネとタヌキと東京五輪

東京五輪のマスコットとして、キツネとタヌキが、ロボット系に圧勝されてしまった。
残念だが、まあ、そうか、、
ところで、改めて思うけれど、日本では、妖怪的な意味で、キツネとタヌキは圧倒的な重み持っている。
たとえば、多くの市町村で、地域の民間伝承をまとめた刊行物が発行されているが、これらにちなむ話は実に多い。
彼らは、海外に向け日本らしさを表現するうえで、この件にもめげず大いに活用してもらいたいキャラクターだと思う。

« 2018年2月 | トップページ | 2018年4月 »