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お正月とアンドロイド

新年が始まってしばらく経った。お正月とはいつまでか、換算の仕方はいろいろあるけれど、俗な時間ではなくて、ハレの神聖な時間を過ごすというのが、お正月ってものだろう。だから成人式もこの時期に関連していると思う。
こういった神聖な感覚、今ではずいぶん低下しているが、高度に人間的な心の作用であろう。
人工知能が、囲碁、将棋の名人を打ち負かすとしても、自動車が人より速いことと別な次元なのか?いや、自己学習できることがスゴイってわけか?
いずれにせよ、人工知能を搭載したアンドロイドが人に近づくことには間違いない。
つまり、機械に心が生まれつつある?
 
しかし、演算で可能な領域とは別に、神聖さや、超越的なものへの畏敬の念はどうだろう。
突飛なようだが、プラトンがそのお話でソクラテスに語らせたイデアも、まさにこういった次元の問題である。
 
プラトンは、次元の異なるあっちの世界を常に畏敬をもって意識していた。たとえていえば、プラトンにとって人間の頭脳とは、この世のもでない世界に通じる一種の通信器のようなものである。
とすれば、いくら自己学習能力を高めたとしても、アンドロイドの人間化には、ここに大きな壁があるだろう。
 
AIが、人間への脅威となるって話もある。が、僕的には、人間が高度な感性を失い効率優先の機械化していくことも脅威である。
 
ごく卑近な話だが、成人式用の着物あつらえ業者が、多額の前払い金とともに失踪し、数百人を途方に暮れさせ、なぜか大量の着物がメルカリで売られていた。
ハレの舞台を台無しにされた数百人の心に共感性を持ちえなかったわけだが、メルカリ出品を関連づけるとすれば、収益的に高度な演算能力は持ちえたようだ。
 
ついでにいえば、”アンドロイドは電気羊の夢を見るか?”に描かれたアンドロイドと人間との違いは、まさにこれである。
 
 
 
 

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