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2018年1月

植松被告と天網工程

NHKがあの植松被告にインタビューして、その主張をテレビ報道した。
 
ところで、この大量殺人犯は、一種の思想犯である。思想といっても、雑な思い込みレベルなのだが、自身の思い入れが報道されることは、本人にとって願ったりかなったりだろう。本人逮捕時のあの高揚した様子を考えてほしい。
 
もちろん、「それはとんでもないこと」である旨の関係者のインタビューが続いていた。その要旨は、障害者の人権思想の必要性と理解している。
また、僕としてもそれはそれで重要と考える。
 
ただ、あくまで一般論として、社会的に認められた価値判断があり、かつ絶対的に正しいとされ、個人の頭の中まで詮索し、誤った考えをあぶり出してやろうとする風潮があるとすれば、いやだな、と感じる。これが国家事業として推進されている実例もある。
 
今中国では、人工知能とインターネットの発展を基に、14億人を監視するシステムが稼働中だそうだ。それは日に日に精度を増しつつある。
犯罪者の摘発には効果大だが、政治の在り方を見る限り、その本領の発揮は、”正しい思想”を持たない人物の特定にあるといってもいい。
なんて書くと、この文章は、中国から閲覧できなくなるわけだ。
 
 
 
 

2017年の犯罪統計を読み解く

統計の要旨は、窃盗は大きく減少、全体的に犯罪件数は減っている(戦後最小)が、詐欺は増加。
解釈的なポイントを述べれば、
1 情報格差が犯罪を助長している。
2 物的設備は犯罪抑止に効果が大きい。
 
1についていえば、架空請求、ふりこめ詐欺の増加の背景。啓蒙活動がこれほど盛んであるのに、犯罪者側の”技術革新”が先を行ってるわけだ。
被害者側にとっては、情報を収集する能力、解釈する能力の低さが突かれていると思う。
典型は、孤立傾向にある高齢者だろう。
 
たとえば、存在しない役所とか、ありえない法的請求を確認する手段が限られているし、高齢者特有の思い込みの強さもある。
 
じゃ、スマホが日常の若年層なら大丈夫かといえば、勝手知ったる仲間内の情報のやり取りが判断の基準なので、SNSなど不特定の参加がありうる場合、悪意のある相手を見分けることが難しい面もあろう。そこで、SNS関連の犯罪は増加中。これも広い意味で情報格差。
 
2についていえば、昔ながらのプロ泥棒は割に合わなくなったってこと。防犯カメラ、住宅セキュリティー、自動車盗難防止装置の普及などが、これを抑止している。
代わって、仲間とうまくつるんでスマホで手軽に口先でできる犯罪の方が効率がよくなった。ただ、被害者をうまく誘導するには、それなりの言語能力の訓練が必要なので、彼らなりの”学校”があると聞いたことがある。
総括的に、情報化は、犯罪傾向と密接な関係がある。
 
ところで、犯罪防止の政策について。
犯罪者を刑務所に入れて、”正しい心”に矯正する、政策は旧来からのものだ。精神論だけでなく、職業教育もこの部類。つまり中身重視。
 
新しい視点として、人は環境に応じて犯罪をするのだから、犯罪に向かわせないような社会環境づくりをする、って発想がある。これが、環境犯罪学。
先の2についていえば、環境犯罪学を支持する内容だろう。ただ、環境といっても監視以外の方策もアリだけど。
 
 
 

入試センター試験地理Bでムーミンの言語地理学

何が何でも、英語でグローバルって世相に冷や水を加える問題である。
いきなり、一般的でない言語が三つも出たのだから。
この問題は、ムーミン→フィンランドのお話、フィンランドはスウェーデン、ノルウェーと異なる言語圏ってことを判断する必要がある。
(作者がスウェーデン系フィンランド人で、原作はスウェーデン語だなんて知ってるとかえって混乱するが)
ムーミンを知らなくても、この設問は、(小さなバイキング)ビッケも出ているので、バイキングがどのあたりの人たちかがわかれば解ける問題だ。
 
面白いのはこのあたり、設問にある三言語だ。

Vad kostar det?(スウェーデン語)

Hva koster det?(ノルウェー語)

Paljonko se maksaa?(フィンランド語)

全部、物の値段を尋ねる表現だけど、一見して異質な一つはフィンランド語だ。

あとの二つはゲルマン系の言葉なので、類似している。

ゲルマン系の言葉でもう一つあげれば、こんな具合。

Was kostet das?(ドイツ語)テイストの類似性を味わってほしい。

 

余談だが、英語も緩いゲルマン系の言葉だ。

cost=値段 で重複する。

 

「地理でアニメかよ!」

なんて、話もあるが、立派な文学作品だからアニメされたもの。

出題されたもう一つのキャラクター「ニルス」についていえば、その作者は初の女性ノーベル文学賞受賞者である。

 

奇問ではない。

 今後の入試の趨勢として、総合的に関連づけられた知識を問う例として、重要と考える。卑近な日常経験も、一歩掘り下げてみると、関係のネットワークが見えてくる。そこに、知的な発見がある。大学とは、これを形にする場であってほしい。

 

PS ただし、これらのアニメが特定の国を舞台とした、って前提の設定は厳密には表現に問題があろう。ニルスはスウェーデンの外にも旅をしている。また、ムーミンは全く架空の世界のお話。でも、最後に設問自体は、結局、”フィンランドに関する”と言い換えてもある。著作権の所在地まで問題とするか?それはしつこい。

PS2 それにしても、この大騒ぎ、ムーミンってすでに日常にはない古典なのか?アニメは昔の話だとしても、キャラクターグッズは売られ続けているのだが(フィンランドのコンテンツ産業でもある)?

PS3 (ひとりごと)いいぞ!問題考案担当者。次は、日本史で妖怪ウォッチもいい。宗教、民俗に絡めた問題が可能だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本語の国際性について その1 彼と彼女

彼も彼女も、今ではごく普通に使われる日本語だ。でも、男女が含まれる複数を表現する場合、、、、彼らになるのか?
まあ、そうかもしれないけれど、この場合女性に配慮していないようで、一瞬とまどうかも。文法上の裏付けもないと思う。
そもそも、日本語は単数、複数の違いに無頓着だ。
ざくっといえば、性別は分法的に意識されていない。そもそもそういう言語である。
 
この点、ヨーロッパの言葉ははっきりしている。
英語の場合、退化がはなはだしいため、he,sheとか人称名詞の別くらいだが、ラテン語には、文法性として男性、女性のほか中性もある。
ラテン語から派生した言語、イタリア語、フランス語、スペイン語などの文法性は、男性、女性で、中性は消失してしまっている。
とはいえ、性別はがっちり文法に組み込まれている。
 
たとえば、フランス語の場合、
私は心配だ、という意味を言うなら、、、
Je suis inquiet.(男性がいう場合)
Je suis inquietéte.(女性の場合)
てな具合に、たとえ一人称の場合でさえ、主語の性別を想定しなければならない。
 
思うのだけど、彼、彼女は、本来の日本語ではないのだろう。
少なくとも、江戸期以前の通常の会話、文章には表れないはずだ。
僕は、これらの言葉は、明治以降、ヨーロッパの言語を翻訳するうえで、考案された言葉だと推測する。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

お正月とアンドロイド

新年が始まってしばらく経った。お正月とはいつまでか、換算の仕方はいろいろあるけれど、俗な時間ではなくて、ハレの神聖な時間を過ごすというのが、お正月ってものだろう。だから成人式もこの時期に関連していると思う。
こういった神聖な感覚、今ではずいぶん低下しているが、高度に人間的な心の作用であろう。
人工知能が、囲碁、将棋の名人を打ち負かすとしても、自動車が人より速いことと別な次元なのか?いや、自己学習できることがスゴイってわけか?
いずれにせよ、人工知能を搭載したアンドロイドが人に近づくことには間違いない。
つまり、機械に心が生まれつつある?
 
しかし、演算で可能な領域とは別に、神聖さや、超越的なものへの畏敬の念はどうだろう。
突飛なようだが、プラトンがそのお話でソクラテスに語らせたイデアも、まさにこういった次元の問題である。
 
プラトンは、次元の異なるあっちの世界を常に畏敬をもって意識していた。たとえていえば、プラトンにとって人間の頭脳とは、この世のもでない世界に通じる一種の通信器のようなものである。
とすれば、いくら自己学習能力を高めたとしても、アンドロイドの人間化には、ここに大きな壁があるだろう。
 
AIが、人間への脅威となるって話もある。が、僕的には、人間が高度な感性を失い効率優先の機械化していくことも脅威である。
 
ごく卑近な話だが、成人式用の着物あつらえ業者が、多額の前払い金とともに失踪し、数百人を途方に暮れさせ、なぜか大量の着物がメルカリで売られていた。
ハレの舞台を台無しにされた数百人の心に共感性を持ちえなかったわけだが、メルカリ出品を関連づけるとすれば、収益的に高度な演算能力は持ちえたようだ。
 
ついでにいえば、”アンドロイドは電気羊の夢を見るか?”に描かれたアンドロイドと人間との違いは、まさにこれである。
 
 
 
 

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