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お盆について その2 祖霊の訪問と疑問点

東京は、いわば移民の大集落みたいなものなので、新暦の7月のお盆もあるし、旧暦の8月のお盆もある。

今日の朝、出勤途中のとある家の門口に、ナスとキュウリの馬を見ることができた。この時期だから旧暦なのだが、この馬には蕎麦が乗せられていた。これは、僕の知らない風習だ。どこの地方の風習なのだろう。

さて、祖霊(精霊、しょうりょう)を迎える、送ることがお盆の本旨のようだが、どこから彼らは来るのか、この点は微妙である。というか、理屈では整理されていない。

家の仏壇は、ご先祖のお盆滞在施設なのか、だとしたら、留守である平時に、手を合わせているのは、意味がないのか?

墓って、何だ?ご先祖は普段ここにいて、お盆になると、元の家に戻るのか?

お盆になると、地底の地獄の釜の蓋が開く音がするって伝承がある。お気の毒に、ご先祖は普段地獄にいるのか?

そもそも、人を成仏させあの世に送ることが世俗的な仏教の本旨じゃないか?だったら、毎年お迎えするのは、成仏できていないってことか、これはお寺の怠慢じゃないか?

靖国神社に英霊として祀られている人は、お盆に際し、どんな具合にイメージしたらよいのか?神仏の二重の立場があるのか。

なんて具合に、素直になるほど、疑問が湧いてくる。この点は、素直に、真っすぐ日本の文化を理解しようとした、小泉八雲=ラフカディオ ハーンの著作にもある。

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