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2017年6月

豊田議員の精神分析

この録音は、非常に重要なサンプルである。

シリウス ブラックいわく(本の中で読んだ記憶にあるもの)、

「その人がどんな人を知りたければ、立場の弱い者を扱いを見ればいい。」

こうして、シリウスは、ハリー・ポッターに人の本質を見抜く術を教えている。魔法ではない。

録音の中で重要な点は、相手を心理的にいたぶることそれ自体を、多様な表現を使い意図していることだ。

ただの癇癪ではなく、無頓着で病的な底意地の悪さがある。

表裏を使い分ける気苦労や、野放図な自己の暴言に良心の責を感じていない印象を受ける。病的と表現したけれど、このような心性は、その分思い煩うこともないわけで、ある意味実務的有能さを発揮できる面もあろう。

それは、多様な課題を処理し、目標に向かって進むうえで、効率的だ。事実、ダントツのエリート道だった。

けど、有能さとは、人によって異なるが、何を切り捨てるかの問題でもありうる。

今回の事案は、有能さの陰の部分が、本人にとって予期せぬ形で顕在化したものと考える。

えぐい表現だが、人心を読み、操作できなければ、選挙に勝利できない。当然、その能力には長けていたはずなのだが、責め苛まれた人に”素朴”に共感することは苦手だったようだ。社会的な地位、肩書、賞讃は、時としてこういった感性を鈍麻させうる。

C.G.ユングは、できすぎた人の深い陰の部分に言及しているが、これはその好例だろう。彼の原型論的には、シャドー、ペルソナとの関連となる事例と解釈できそう。

我々凡人的には、思いやりを忘れず、あれこれ悩みながら生きていればいいのだけどね。孔子だって、一日三回反省したそうだから、凡人はもっと多くていい。

ゲール語のテイストを学ぶ その12 ケルト語

よくある質問で、”ケルト語で○○はなんと言う?”

これは答えようがない。と、いうのは、ケルト語というのは、大きなひとくくりのグループだから。アイルランド語、ウェールズ語、ブルトン語ならうちの辞書で対応できるけど。

詳しくご説明すると、

インド・ヨーロッパ系の言語のグループがあって、その中にラテン系、ゲルマン系とかあって、その一グループがケルト系(語)。

なので、ケルト語は、英語というような特定の言語ではない。

で、ケルト系の中にも2系統あり、

ブルトン語、ウェールズ語、コンウォール語(絶滅)

と、アイルランド・ゲール語、スコットランド・ゲール語、マン島語(絶滅)がある。

一言でいえば、存亡の危機にある言語だが、かつては古代ヨーロッパを席巻したケルト人の言葉でもある。

ケルト人は、シーザーのガリア戦記にあるように、ローマ帝国に征服され、ゲルマン系に追いまくられてきた経緯がある。ケルト語の歴史をたどると、ヨーロッパ史の別の視点も見えてくる。

関連するその軋轢は今もある。北アイルランド紛争がそれだ。

ケルト語を学ぶと、古代ヨーロッパの香りがある?アイルランド・ゲール語には、ラテン語に良く似た語彙が残されているし、ラテン、ギリシャに次ぎ古典文献も多くのこされているそうだ。

テイスト的には、言葉の繋がりと発音を意識した言語である。たとえば、フランス語のような流麗さが文法の構造に組み込まれている。

アイルランドには、語り部、吟遊詩人の文化があるけれど、これはケルト語の特性に関連しているのでは?

一般に、フランス語は、ラテン系の言葉に分類されるけれど、その源をたどれば、ローマ帝国滅亡後に、ラテン語と土着のケルト語が混ざり合った経緯がある。

フランス語を特徴づけるリエゾン、アンシェヌマンなどの流れ重視の言葉の読み方は、ケルト語由来なのかも?

今日の警告、明日への備え その2 安倍首相のアウラ

久しぶりにTVで首相を見た。「あれっ?」

アウラが変調している。多分、ご持病がストレスで悪化しているのではと思う。

具体的には、治療薬(ステロイド系)をかなり使って症状を抑えているのでは、と推測する。

今後の政局が、突然に、変化しうることに備えるべきだ。

フランス語 一かじりで見える世界

先の記事でフランス語に言及したので、もう少し書いてみる。

この言語一かじりで見えてくるものは、日本での普及ぶりだ。普及といっても、語学教室が盛況なんてことではなくて、「おしゃれ」のレベルではあるが。

例えば、子ども服のデザインに利用していたり、マンションの名前だったりする。

意味がわかっちゃう英語では、ダサい?

平たくいえば、高級そうに見える?

チョコレートケーキなら、自家消費、ガトーショコラなら贈り物。意味同じだよ!

ホワイト歯科は、行きつけの歯医者さんっぽいが、ブランシェ歯科なら、保険の適用のない美容歯科。名のある繁華街にあったりする。

おもしろいのは、同じような感覚は英語圏でもあったりすること。

英語圏の住人にとって、フランス語は格上の言語らしい。

個人的経験もある。

一人でアイルランドを旅行したときのこと、

B&Bの朝食では、外国人間の会話があったりするのだが、欧米系が主流である。

こっちは、「得体の知れないアジア人」みたいに見られたりする。

アメリカ人とおぼしきオバチャンたちに、声をかける機会があって、単に、「マダム、(ここで相手は口に手を当てる)、、、(以下ただの英語)」とか、呼びかけにフランス語が一言入るだけで、オバチャンたちの態度が一変した。

得体の知れないアジア人→文化的好青年、って感じ。書いてる自分が恥ずかしい。

大阪のオバチャンはこんな時、友好の印に飴をくれるそうだが、雰囲気はそんな感じのご婦人方であった。それにしても、なんてギャップなんだ!

映画では、もっとメガなギャップもある。

「ブレイブハート」の一シーンなのだが、

野蛮なスコットランド人、とみなされていた主人公が、フランス語に堪能であると発覚、これが王妃との禁断のロマンスの契機になっている。

実に!コスパのよい言語である。

かつて、カンボジアのポルポト政権はフランス語話者を真っ先に虐殺したけどね、これは例外事項。

これからの欧州の行方、メイとマクロン

フランスでマクロンが勝利し、6日、メイは大きな賭けに敗北した。

マクロンが勝利したとき、フランスからメールが届いたが、彼の若さを心配するものだった。でも、その後の進展は良好である。

結果、EUが独仏の軸で引き締められ、イギリスは厳しいEU離脱条件を飲まざるをえなくなるだろう。

派生的なこととして、スコットランドは、「イングランドなんかとは、付き合いきれない」って考える。そもそも、フランスと組んでイングランドに対抗してきた歴史がある。つまり、連合王国からの離脱、EUに接近の気運だ。

困るのは、北アイルランド。根深い紛争地帯なのだが、「おなじEUだし、、」って、とりあえず妥協してきた。

でも、EUの枠が外れだしている。そのうえ、メイは、北アイルランドの強硬なプロテスタント勢力に接近しようとしている。保守党の負けを補うためである。

結果、気運は不穏になっていくだろう。

すでに、アメリカのヤバイ老人は、「やっぱり、、、」って状況にある。アメリカの影響力も低下していく傾向にある。そもそも、自国中心の自己中毒の人だし。お名前の語源は、「勝利」と推測するのだが。

オマケの話題なのだが、米英の退潮は、(少しは)英語の退潮になるのだろうか。僕は、特段、反英語主義者ではないが、言葉の世界の多様性には、こだわる。

国際化、じゃなかった、グローバル化は、英語化?やたら英語にこだわる大学が増大しており、第二外国語も必須ではなくなっているそうだけれども、英語圏の力が低下するなら、フランス語とかもっと注目されてもいい。

もっとも、単位取るならドイツ語の方が楽だけれど、如何せんフランス語圏の方がずっと広い。たとえば、目立たない国でフランス語が公用語だったりする。

おじいさんの革命戦士

例えば、、顔まで黒タイツで身を包み(目、鼻、口は白の縁取りで出ている)、エンブレムの付いたベルトを締め、地味な賃貸住宅に隠れながら、毎日「イーッ!」って奇声を上げて、数十年間世界征服を目指す戦闘員を自称する人がいたらスゴイよね。

でも、似たような人がいた。初代仮面ライダーのころから、どこの交番にも、お尋ね者として掲示されている「例のあの人」である。捕まってみたら、変貌したおじいさんであった。

しかし、なんだか小ざっぱりとして、こんな当時の若者の歌が合いそう。就職ではなく、収監だけど。

”就職が決まって髪を切ってきたとき、もう若くないさと君に言い訳したね”

(いちご白書をもう一度)

余談、うちの子は、懸賞金を狙っていたので、残念がっている。

一般的には、指名手配殺人犯。本人の自覚としては、帝国主義と闘い、世界の人民を解放する中核的前衛たる革命軍の戦士だろ?

異様だけど、本人が変わらなかっただけで、変わったのはむしろこの社会だ。

当時の時代精神って興味深く感じる。時間を離れているからこそ、見えるものもあるだろう。今の若者のリアリティも、時代を離れてみれば、どのように見えるだろう。

大人の魔法入門 その3 錬金術

日経平均が、2万円を突破した。この先、大事が無ければ意外と跳ぶかも知れない。すると、強欲な人たち、すなわち、「元本割れ」を恐れ、多額の預金を抱えこんできた人たち株式投資とかを始め、手のひらを返すように、「やっぱり株よ!」とか、錬金術の成果を誇示するようになるだろう。これが社会が妖しい魔法に翻弄されだした兆しの一つである。

このとき錬金術師の必須のアイテム、”賢者の石”があるならば、この石が危険を警告してくれるはずだ。

そもそも、金融とは、社会の制度と人の心が織りなす巨大な魔法空間なのである。

預金が一見安全に見えることも、この魔法の成果、それも強力な成果である。たとえば、株式は、刻々と取引によって価格が変動するわけで、その価格自体にはリアルな根拠がある。一方、預金は、あくまで額面であるが、そのように、制度的に決められたのでそうなのである。

いかに額面が守られたとはいえ、この魔法が、背後から破られる事態は、おおむね2ケースだ。一つは、為替、もう一つは、インフレ・デフレである。

デフレになれば、預金が同じでも、より多くのモノが買える。インフレなら、その反対。

今の日銀は、インフレに誘導しようとしているが、なかなか効果が出ないので、”劇薬魔法”で一気にカタを付けようとする傾向にある。

しかし、インフレに収支がつかなくなるのでは、と、危惧する声も大きい。

かの大日本帝国が崩壊したとき、預金、国債の価値がどうなったか、実感を持っている人は少ない。

世界情勢的に、明日までの日常と今の日常が非連続的であることは、十分にありうる。

日本の財政も深刻だ。前、日銀総裁は、「金融環境は非連続的に変化しうる」と、言葉を残して去っていった。

金融の賢者の石は、こう告げる。

先の見えることは見えないこと

守ることは攻めること

分けるは得るの始まり

破滅は機会

進むは引くの始まり、引くは進むの始まり

魔法にかからないことが、かけること

矛盾を進めば、道ができる

前を見ないで後ろを見て進め

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