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ラテン語の世界 その32 スーパーグローバル大学構想

スーパーグローバル大学とは、文科省が指定する大学で、特段に外国人教員を招聘し、もったいぶって英語で講義を行い、外国人留学生をやたらに呼び寄せ、その為に税金をつぎ込む大学のことである。

Super Global University、略してSGV、だぁー!と文科省は当初考えたが、すでにとある大学がSGVで商標登録をしていたので、あわてて撤回したそうだ。残念!!印刷費の無駄となった。

ところで、globalって英語はあるとしても、super globalという表現はそもそも英語にはない。なぜか?

それは、語源的におかしいのであろう。

ラテン語の、globusは、”球”の意味である。ここから地球がイメージされ、英語のglobal/全世界の、国際的な、地球規模の、という意味が派生した。

super(これはそのままラテン語でもあるが)、をつけたら地球を越えてしまうわけ。

Super Global Universityは、銀河連邦の大学なのか?地球外生命体が教員や学生になるのか?って話である。

なわけないので、これは、心の問題である。

文科省的には、国際化では、いまさらインパクトないから、カタカナ(英語)にしよう、グローバルだ、いや、並みの大学でも、グローバルとかやたらに言ってるし、気合を込めてスーパーを付けよう。

こんな感じだろう。

でも、これって何かに似ている。

そうだ、アニメの戦隊ものの必殺技もこんな感じだ。

プリキュア・マーブル・スクリュー!→撃破

でも、だんだん強い敵が出てくると利かなくなる。

なので、プリキュア・マーブル・スクリュー・マックス・スパーク!!!

これでボスキャラを撃破できる。

こういった和製英語は、海外のアニメファンに受けがいいそうだ。

海外留学生来るかも!

、、、、話を戻そう。

日本の大学教育の偉大だったことは、最初は外国人教員で外国語の講義をしていたけれど、これを自国の文化として消化できたことだ。

今、普通に使っている日本語も、先人の努力によって、外国語の意味の本質から翻訳されたものが実に多い。こうして高度な自国の学問体系ができたのだ。自国の言葉で学問が語れることはグローバル基準で特筆すべきことである。それができるためには、物事の本質をつかむ態度が必要であり、これぞ学問である。

余談だが、東京6大学とは、この名誉を受け継ぐ一群の大学のことなのである(特に法学分野)。次世代の大学の筆頭は日本大学であるが、この”日本”には、日本独自の学問の自律性の意味合いがある。

という経緯なのだが、21世紀の大学の方向性は、スーパー戦隊ゴッコ?

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