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2016年8月

逆説の社会史 その11 慶應義塾の成功

先日、事業者の集まる小さなイベントがあった。で、僕は司会者。

その趣旨は、新規開業事業者を地域で迎えるというもの。

新しい人の自己紹介の時間もあった。なんと、慶應大学の出身者が2名いた。彼らは、三田会はいってますかぁ」、なんて会話してる。

席上、僕が質問する。

「では、質問です。幕末には、たくさんの私塾がありました。しかし、そのまま大学として名を残したのは慶応のみです。その理由は何でしょう?」。

「・・・・」

答(僕なりの)、「それは料金体系が明確だったからです」。

これは、日経新聞ネタの受け売りなのだが、事業継続・拡大には、経済的裏付けが必須であり、この点、慶應義塾は、塾長の人徳を慕う塾生の自発的「志」だけに頼ってはいなかった。

はっきり、受講料?を決めたのは、福沢諭吉なんだそうだ。当時としては、極めて大胆。当時の感覚としては、お金なんてもらうと、格が下がると考えられたはず。

経済、経営は重要である。

で、幕末ネタで長い余談を書く。

薩長の討幕資金はどこから出たのか?と、いう視点から、明治維新を考えて直す方法もある。

石高、すなわち米の生産量からすれば、薩摩、長州なんて問題外、だけど、彼らは別な方法で稼ぐ方法を考えた。

たとえば薩摩。沖縄、奄美の歴史を歴史をたどると、突如この地域に、恐ろしい黒雲のように、薩摩の力が覆いかぶさる様子が見える。

薩摩恐るべし。

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