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逆説の社会史 その8 終わらない明治維新

例年の日野市の新選組まつりは、今年も盛り上がった様子。

ところでこんなうわさがある。この時期になると、安倍首相の写ったポスターが鋭利な刃物でザクッと切られる、、、なんてのはブラックジョークである。特段の政治的意図はない。

とはいえ、新選組にとって明治維新の中核、薩長は仇敵であった。薩摩、長州、この異質な藩を結びつけたのが、かの竜馬である。

強力な薩摩の武士団、家康は警戒を最期まで怠らなかった。熊本城はそのためにあったようなものだが、実際、西南戦争でこの城は重要な拠点であった。

結局、西南戦争で薩摩武士団は壊滅する。元新選組隊士、齋藤一の切り込み参加は新選組最後の戦いのようなものだ。新政府の警官という立場はどーでもよくて、相手が薩摩なら本望!と推察する。

それにしても、残る長州は大したものだ。その関係者が今も日本の首相を務めている。長州の戦国大名、毛利元就の三矢の教えが経済政策となり(中身は別物だが)、アベノミクスとして新聞に載らない日はない。

歴史は、断絶することもあれば、継続することもある。明治維新は、今も続いているようだ。

維新を名乗る政党もあったが(一部今もあるが)、厳然と維新の本流が今もあるのでは、少なくともこの名前はゴッコだよね。

戦国時代から藩政時代、そして長州閥。この政治勢力の持続力とは何だろう。興味深いテーマだと思う。

で、長い余談。

齋藤一のことだが、資料の乏しい分想像力をかきたてられるキャラクターである。たとえば、壬生義士伝では、アブナイ性格の剣の達人として描かれている。

以前、会津の歴史資料館を訪れた際、地元の郷土史家から話を伺ったことがあった。特に、新選組と会津についてである。

よくぞ、会津のために、って話ではなかった。それほど、会津の気風は高い。

齋藤一は、転戦を重ねた末、会津鶴ヶ城の攻防戦に参加するが、この縁により会津藩の高格の藩士の娘と結婚した。この件につき、郷土史家は、ずいぶんと不満を持っていた。と、いうのは、身分不相応ということだ。

確かに、新選組隊士の本来の身分は低かったが、なるほど視点もあるのか、と驚いた。当時の感覚で歴史を見る、これも重要である。現地に行くと、こういった感覚がよく保存されていたりする。

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