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2016年5月

逆説の社会史 その8 終わらない明治維新

例年の日野市の新選組まつりは、今年も盛り上がった様子。

ところでこんなうわさがある。この時期になると、安倍首相の写ったポスターが鋭利な刃物でザクッと切られる、、、なんてのはブラックジョークである。特段の政治的意図はない。

とはいえ、新選組にとって明治維新の中核、薩長は仇敵であった。薩摩、長州、この異質な藩を結びつけたのが、かの竜馬である。

強力な薩摩の武士団、家康は警戒を最期まで怠らなかった。熊本城はそのためにあったようなものだが、実際、西南戦争でこの城は重要な拠点であった。

結局、西南戦争で薩摩武士団は壊滅する。元新選組隊士、齋藤一の切り込み参加は新選組最後の戦いのようなものだ。新政府の警官という立場はどーでもよくて、相手が薩摩なら本望!と推察する。

それにしても、残る長州は大したものだ。その関係者が今も日本の首相を務めている。長州の戦国大名、毛利元就の三矢の教えが経済政策となり(中身は別物だが)、アベノミクスとして新聞に載らない日はない。

歴史は、断絶することもあれば、継続することもある。明治維新は、今も続いているようだ。

維新を名乗る政党もあったが(一部今もあるが)、厳然と維新の本流が今もあるのでは、少なくともこの名前はゴッコだよね。

戦国時代から藩政時代、そして長州閥。この政治勢力の持続力とは何だろう。興味深いテーマだと思う。

で、長い余談。

齋藤一のことだが、資料の乏しい分想像力をかきたてられるキャラクターである。たとえば、壬生義士伝では、アブナイ性格の剣の達人として描かれている。

以前、会津の歴史資料館を訪れた際、地元の郷土史家から話を伺ったことがあった。特に、新選組と会津についてである。

よくぞ、会津のために、って話ではなかった。それほど、会津の気風は高い。

齋藤一は、転戦を重ねた末、会津鶴ヶ城の攻防戦に参加するが、この縁により会津藩の高格の藩士の娘と結婚した。この件につき、郷土史家は、ずいぶんと不満を持っていた。と、いうのは、身分不相応ということだ。

確かに、新選組隊士の本来の身分は低かったが、なるほど視点もあるのか、と驚いた。当時の感覚で歴史を見る、これも重要である。現地に行くと、こういった感覚がよく保存されていたりする。

子育ての技法 その1 だっこで外出

これまでの育児を振り返り、これから育児を始める方のため、参考事項をメモしてみたい、、、。

まだ連れだって歩くことのできない場合、だっこひもで外出することはよくある。

方法は3種類。1.おんぶ、2.前抱きで前を向かせる、3.前抱きで親と向き合わせる

1は、物理的に楽だ。それに足元もよく見えるから安全だ。

でも、教育上は、2をお勧めする。もちろん、子どもの首も据わらない新生児や、寝ているとき、安心させたいときは、3である。

2のポイントは、親からの働きかけで世界と触れ合うことができること。乳幼児は、この目新しい世界に興味しんしんである。この志向性を最大限生かす技法である。

つまり、人や物、生き物たちとの関わりを動作と言語で実践させることができる。

たとえば、空き地で花を摘ませたり、昆虫を手に取らせる。かつこの体験を言葉で表現してみる。

買い物をする時も立ち会うことになる。物やお金をやり取りを見せてみる。

小さな社会の一員として、人に会えば、挨拶を実践させてみる。

知らない人との出会いは、実にスリリングな体験だ。時には、ヤバい人に話しかけられ、親的に緊張感を感じることもあるが、子どもながらに認められる経験の蓄積は、健康な自尊感情の基盤となるはず。

たとえば、通勤時間のとき、これは保育園へ預けることを兼ねていたが、プラットホームの前で電車の進入を見せた。

すると、この小娘は運転手に手を振りだした。すると、運転手も満面の笑顔で応じてくれた。

すれ違いざま、抱かれた赤ん坊を見て、「かわいい、赤ちゃん!」と叫ぶ。すると、その母親は、「ありがとー!」と答える。

慣れない仕事で、レジの新人のお姉さんが、半泣きになっていた。そこで、耳元でこそっと指図する。「おねーちゃんがんばれって言え」。結果は御想像通り。でもこれはやりすぎか。

そんなこんなで、その性格、対人関係では大胆不敵となった。

親なら肝に銘じておくことがある、それは、子どもにしたことは、子どもが誰かにするということだ。良くも悪くも。

保育園で上級生?になったころ、それを見ることができた。えらそうに、姉貴ぶって下の子どもたちに教育している。

「よし、その調子で先生をお手伝いしろ!」

多言語学習の基本と楽しみ その1

久しぶりに渋谷を歩いて、外国人の多さに気付いた。

この先、オリンピックもあるし、彼らとの接触に興味もあるし、ビジネスを考える機会にもなりそうと考える。

ところでこのブログは、国際化なら英語教育って風潮に抵抗している。だから、多言語にこだわる。

とはいえ、アジア系の言語は不案内なので、ヨーロッパ系の言語に限定される。

どんな国の人だって、その国の言葉は歓迎してくれる。米英の人に「ハロー」と言ったって対してサプライズはないが、少数派の言語話者は、率直に感動さえしてくれる。

でも、挨拶表現は確かに重要だが、応用が利かない。気持ちを伝えることが中心の決まり切った表現で、本来の意味は通常さほど考慮されていないからだ。

たとえば、日本語の「こんにちは」に突っ込んだ説明を加えることは至難の技である。

その先は文法の領域、となる。

でも、本当に関わるとなると、時間と労力が多大だ。そこで、広く浅く多言語を楽しむ方法を考える。

その1 同系列の言語でいく

たとえば、英語とドイツ語の親和性は、フランス語より高い。また、ドイツ語とオランダ語は密接である。

ラテン語と聞くと、マニアック過ぎてとんでもない、と多くの人は考えるが、この言語は、フランス語、イタリア語、スペイン語などの源である。なので、ヨーロッパ南部の言語をざくっとものにしたいなら、強力なツールだ。

その2 言葉をつなげる最低限の文法

特定の言語を最低限文法で理解したいと考えるなら、まず、名詞+名詞、名詞+形容詞の文法をものにしたらどうか。通常の外国語教本は、文章を成立させるために、動詞の使い方に重点が置かれるが、そこが挫折の基である。

赤ちゃんが最初に話す言葉は、一言名詞、たとえば、わんわんとか。

そして、おっきいわんわん(二連語)、に発展すると、親は感動する。

この場合、並べただけ、だが、英語で、My home と言うべきところを、I home と言ったらすごくカッコ悪い。これが最低限の文法。

サボテンと心理分析

サボテンに花が咲いたので、窓辺に置く。種類は月光殿。

このサボテンは、去年の秋購入したもの。今年初めて花を見た。

Photo

たくさんのサボテンの中からうちの娘が選んだものだ。当人が名前も付いている、名付けて「ふわちゃん」。つまり、棘が綿状の形態になっているからだ。武骨な棘をまとう種類とは対極的である。

サボテンは、膨大な種類があるうえ、「個」がはっきりしている。つまり、一つの個体が長年にわたって育っていく。

バウムテスト(補助的に用いられることの多い簡便な心理テスト)の施行上、本人なりの木を描かせ、そこに心性を投影させるものであるように、サボテンのような素材も投影を引き起こしやすいだろう。

なので、サボテン選びは一種の投影法心理テストにたとえることもできよう。

サボテンの知覚的コンテンツには、大きさ、色、質感、形があるが、そのどこに着目するか、それをどのように感じるかは、本人の個性の反映である。

また、こういった知覚のコンテンツの構成にまで測定する心理テストが、ロールシャッハテストである。

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