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2015年12月

サンタクロースからの手紙

クリスマスも近い。うちの娘が、サンタさんも大変だからお礼のプレゼントをするとはりきっていた。

で、アクアビーズとか折り紙とかで、プレゼントが完成。ずいぶん手が込んでいる。

リアクションも必要と考え、それっぽい手紙を用意した。

サンタクロースは、フィンランドのラップランドから来るそうなので、それっぽく古い紙にインクでごく簡単なフィンランド語で書いてみた。なんとか正しいはず?

Ihme! Sinun söpö lahja!

Kiitos!!

Joulupukki

St.Nicolaus

SANTA

(訳)驚いた!君のかわいいプレゼント!ありがとう!! サンタクロース

Joulupukkiは、フィンランド語でサンタクロース

St.Nicolausは、サンタクロースの原型として知られる聖人

SANTAは、サンタさんのこと

さて問題は、あげたはずのプレゼントなのだけど、記念として本人が成人するまで保管するか、、、

 

ゲド戦記とマイナンバー制度

ゲド戦記、それは、世界3大ファンタジーとして称せられているのだけど、この魔法的世界には、興味深い世界観がある。

人も含め、この世のすべてのものには、それぞれ真の名前がある、ということだ。そのものの本質、同一性にアクセスしうる隠されたキーワードと考えればいい。

そして、真の名前をつかめば、その対象に強力な魔力を行使しうる。

なので、魔法使いたちは、できるだけ多くの真の名前を捉えようとするが、魔法使いを含め、自らの真の名前を明かすことは極めて危険なことだと認識されている。

って、マイナンバーみたいなものだ。

しかし、ゲド戦記と異なる点は、それが国家に掌握されていることである。

今のところ、マイナンバーの利用範囲は限られているが、社会制度上大いに”活用!”できる余地がある。

そして、このマイナンバーが生体認証に関連づけられると、国家は、ゲド戦記の上の行く、大いなる魔法世界を実現することであろう。

たとえば、眼鏡型の端末で人の顔を見ると、その人の生年月日、家族構成から納税状況、刑罰歴から何から何まで、判明するとか。

ドラえもんと科学史 その3 心理操作

ドラえもんの未来アイテムのことなのだが、つまり夢、願望をかなえる道具のことだ。

それらを類型化すると、少し恐ろしいことに気づく。なぜなら、そのかなりの部分が”心理操作”に関わる機械なのだ。だれだって、誰かの意図で勝手に気分を変えられたり、行動を仕向けられたりすることは困ると思う。

ところで、20世紀の感覚では、科学技術の発展の負の部分は兵器だった。それは、21世紀になってもそうなのだが、21世紀になると、心理操作が加わっていくのだろう。

その明らかな傾向は、スマホ依存であると僕は確信している。少なくとも、自転車に乗りながらもスマホはマズイ。

なんて、いうと、このブログをスマホで見てくれる人に申し訳ないが、日常生活に支障のあるほど依存性の高いコンテンツはないはずだ。

僕がこのブログの読者の皆さまに期待していることは、”ささやかな気づき”である。

小学生とラテン語 その2 多言語で父母

語学クイズを出してみた。

課題は、「いろんな国の言葉を聞いて、何のことだか当ててごらん」。

1ばん athair,máthair アール、マール

(アイルランド・ゲール語~ケルト系)

???

2ばん vater,mutter ファター、ムッター

(ドイツ語~ゲルマン系)

??

3ばん padre,madre パードレ、マードレ

(イタリア語、スペイン語~ラテン系)

4ばん pater,mater パテル、マーテル

(ラテン語~ラテン系の起源)

「うーん、もしかして!、パパ、ママ?」

5ばん father,mather  ファザー、マザー

(英語~ゲルマン系)

「お父さん、お母さんだ!」

〈解 説〉

ほぼ日本語化している言葉、パパ、ママは、当然、ヨーロッパ系の言語起源であるが、「パパ」の方は、英語では導き出せない。しかし、ラテン系の語感からは導き出すことができる。それに比べ、母の「M」音は、ブレない。

母に関連する「M」音は、普遍性を感じる。ヨーロッパ系に限らず、人類的な感覚なのかも知れない。

たとえば、日本の乳児が最初に口にする言葉の一つ、「マンマ」は、母親のイメージとも強く関連する可能性があるだろう。

母は偉大である。

小学生と習い事  水泳について

本格的な登山家なら、人間界を超越した崇高な世界(=異世界)に触れることができる。異世界というなら、もっとに身近な水中もある。

僕が親に感謝する習い事で筆頭は水泳である。おかげで、渓谷の水流の淵や南西諸島の海に潜った鮮烈な経験を得ることができた。

といわけで、うちの娘もスイミングスクールに通っている。ただ、基本は競技水泳にある。最初は、水に慣れることに主眼が置かれるが、順に四種目の習得へと課程が進む。

クロール、これがなんだか基本になっているものの、早く泳ぐ以外にメリットが少ないように感じる。一方、平泳ぎなら外も水の中もよく見えるし、潜水にも応用できる。

バタフライ、ここまでできれば4種目が完成。カッコイイこの泳法ができれば自慢の種になるだろう。

娘がスイミングスクールに通いながらも、この親に教えてもらいたいことがあるそうだ。

それは、水の上に仰向けになりながら、浮かび続ける技と、水中から見たこともない生物を採取する技である。

浮かび続ける技は、背泳ぎの応用ともいえるが、海にぽっかり浮かぶ感覚はプールの中では味わえない。大げさだが、フロイトのいう神秘的な”大洋感情”、これにかすった感じかな。

スピードを競う競技水泳の道もいいけれど、こんな応用もある。加えて少し興味があるものは、日本の古式泳法だ。

小学生と習い事 英会話について

とにかく、幼児期の言語習得能力は、恐るべきものである。毎日、20語程度と聞いたことがあるが、そうなのだろう。

しかし、当然ながら、人のとの濃密な関わりの中で学んでいく。小学生ともなると、文字の世界が広がる、というか、そのように方向付けることが必要なのだけれど。

子どもが勝手に本を読んで、日本語学習してくれるのは、親としてもありがたい。

で、本題なのだが、子どもの英会話教室。世の中の親たちは、”将来ためになるだろう”、いや、”英語くらいできなくては”と、強迫観念により、英会話教室が始まる。

が、子どもは、ごく目先のことしか関心がない。日本語で事足りる以上、わざわざ英語で話そうなんて思わない。これが音楽と異なる点だ。

家庭内で、(日本人の親が)日常的に使用する?なんてことすると、正しい発音が身に着かない、なんて言われたりする。

幼児期の言語能力に期待し、早い時期から始めた方がいい、確かにそうなのだが、よほど長時間英語に触れる機会がない限り、なかなか聞き分け能力を身につけることや、それっぽい発音にはならないだろう。

むしろ、アルファベットの読み書きがありがたい。そして、フォニックス(英単語の読み方)、フォニックスは、日本の英語学習の盲点だと思う。これらは大人の英会話教室には通常ない。

小学生なら、漢字を学び始めるが、平均的な日本の生活はアルファベット表記がかなり普及している。なので、これは子どもの日常にも親和性が高い。

じゃ、ローマ字で済むか?ってことだけれど、これはあくまで日本語のフリガナ的なものなので、一つの綴りで意味を持つ印欧語(英語)の発想とは次元が異なる。

この違いも含め身につけさせてもいいかも。

余談だが、英語って綴りと発音が異なる点が多い厄介な言語だ。その点、ラテン語は、ほぼローマ字式に読めるありがたい言語である。

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