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下北・青い森紀行 その4 脇野沢へ

司馬遼太郎は、初めて陸奥湾を見た印象を、「陸奥のみち」で、このように語っている。

「この光景をさびしいとか際涯(さいはて)とかと感づる感覚は、われわれが二千年という長期間、弥生式水田農耕という暖地生産で過ごしてきたことからきた百姓式の感覚であるに違いない。」

これは当時1970年代の印象で、その後はそこそこ開けているはず。観光施設だっていろいろある。ただ、今や少子高齢化の波の洗う先端の地。これは、この旅で心底感じたことだ。いずれ、詳しく書いてみたい。

陸奥湾は、ホタテの養殖がさかんな内海だ。悪天候ともなれば、波頭が道路を洗うこともあるけれど、僕の印象では穏やかな北の海。外洋の荒波が打ち寄せる半島の向こう岸とは対照的に感じる。

浅虫を出発し、むつはまなすラインへ、そして一路陸奥湾沿いに脇野沢を目指す。下北の大都市、むつ市の市街地はそこそこ渋滞もするが、このルートは爽快である。

南部藩と津軽藩の境界のあった野辺地、広大な菜の花畑で知られる横浜町(横浜とは長い海岸線の意味だろう)、会津を追われた藩士たちがたどりついた大湊、今はむつ市に編入されている旧川内町、そして、これも今はむつ市の旧脇野沢村となる。その行程は4時間ほど。

ここまで来ると、その先は津軽海峡である。

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