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2015年6月

音楽批評 マグナムトリオ ライブの感想

お笑い芸人みたいな名前だが、3人の正統なフルート奏者のユニットである。小さなライブがあったので書く。

フルートの奇抜な演奏、というか、笛の可能性を極めた演出、それはれっきとした演奏であり、また”芸”でもある。

子どもたちにも大うけであった。ここが肝心なのだが、子どもには、乳幼児も含む。歩き始めの1歳児?が、立って踊りだした様子はサプライズである。

メンバーの内、多久潤一朗、彼の曲集、「フルートデュオ ア・ラ・カルト」はよくできた構成だ。とかく、フルート奏者は、ナルシスティックに独奏しがちであるが、フルート同士を合わせてみることもまたいいのではと思う。

「独奏しがちって、それって、お前だろ」、と、突っ込みを入れる方がいたとしたら、本望である。

「ハープ弾きと組みたいなぁー」なんて、春の夢のような妄想してるフルート吹きにも、より現実的な選択の一助としてこの曲集をお勧めする。

小さなライブをアイリッシュでする用意(使用楽器)

余興的に演奏を頼まれたので、楽器を選んだ。映像制作関連の団体のイベント上なので、映像関連の音楽を意識する。この場合、映像とは、”タイタニック”などである。

曲目としては、

①Ar Éirinn ní nEosfainn Cè hí (訳:アイルランドのために、彼女が誰かを言えない)

②My Heart will go on (タイタニックのテーマソング)の一部

タイタニックの音楽では、アイルランドのバグパイプ(イーリアンパイプ)が活躍したが、ティンホイッスル(B♭管)も登場しているので。

③Cooley's Reel、④Over the Moor to Maggie (連続で)

あと、ポルカとか(簡単なダンスの伴奏として)

②以外、一般の人は知らないと思うけど、YouTube でこれらは簡単に聴くことができる。よろしければ、ご検索を。

④この曲は、日本のアニメで使われたことがある。マイナーなアニメだけれど、「魔法遣いに大切なこと」だ。遠野(主人公の出身地として設定)の風景のBGMとして使われた。楽器は、アイリッシュ・フルート。

楽器は、これら。

Photo
上から、アイリッシュ・フルート(E管)、メーカーは、ペーター・ノイ。一般的にはD管だけれど、ソロで演奏するなら、運指上、小ぶりなE管がいい。

中央は、ティンホイッスル(B♭管)、メーカーはチーフタン、演奏はタイタニック用。

下は、標準的な、ティンホイッスル(D管)、これは明るく楽しいポルカ演奏を想定。

さて、、、うまくできるかな。飲みすぎないようにしよう。

音楽批評 TSUKEMEN ライブの感想

最初は思ったんだ、あのウィーンの大ホールでライブしたには、軽すぎる名前だ。これラーメンのカテゴリーだろ。

入った会場は、メンバーと同世代から親世代の女性ばかり、、男はその他家族連れのオマケみたいなもの。あー、場違いな場所に来たー、とも思った。

家族連れの成り行き上、握手会まで参加した。男は自分だけ、、イイのか?

メンバーの手はがっしりして大きかった。とりわけピアノのSUGURUなんて、ほぼ武道家である。以前、柔道5段体重120キロの人物と腕相撲したことを思い出した。握った途端、「参りました!」って感じ。この感覚は男どうしだから分かるものだ。彼には別途、お礼を言う必要がある。娘(このときヴァイオリンを背負っていた)を励ましてくれたことだ。

あのすさまじい演奏を奏でる手とは、こういうものだった。どれほど練習したのだろう。

それにしても、ヴァイオリンなんて繊細な楽器が、あれほど激しい演奏に耐えられるものだとこのライブで知った。

超絶技法の連続である。しかし、スピーチで練習の苦労なんて片鱗も臭わせない。ひたすら観客を楽しませること、音楽によるもてなしに徹してくれた。すがすがしい暴風のようなライブである。

で、ネーミングに戻るけれど、結局、これでいい。輸入音楽であったクラシックが、日本で独自に昇華された背景を語りうるものだからだ。わざわざ外国語で名付けるとしたら、むしろ興ざめだろう。

注目すべきオリジナル曲も数あるが、ヴィヴァルディの四季から夏。これが一番印象に残った曲だ。それなりに耳にする曲なので、比較上彼らの音楽の位置がよくわかる。

この曲は夏の嵐を題材にしているが、華麗で大胆かつリアル。リアルとは、ヴィヴァルディがかつてその目で見た嵐の光景を幻視で見ているような感覚にとらわれるということだ。

このユニット、お勧めである。

大学と教養 その3 多様性

世界の秀才が集うハーバード大学で、志願者を選ぶ基準に異変があったそうだ。アジアが豊かになり、アジア各国からの志願者が増えているが(日本からはそうでもない)、なにしろ数が多いので、単純に試験の点数を基準とすると、”アジア大学”化してしまう。

人種による差別、との批判もあるが、学生の多様性を担保する意味で、それなりの枠を設定しているのだそうだ。

日本の場合、長引く不況のため、親の財力低下、自宅通学の学生が増えている。つまり、大学の地元志向。早稲田大学は、「全国から集う学生の切磋琢磨が力強い学生を育成する」との、伝統があるそうだが、この傾向に危機感を募らせている(新聞記事から)。

東京の名門大学に入学する学生の内、地元中高一貫校出身者の比率が圧倒的になっている。これも多様性の問題である。幕末の幕府直営、昌平坂学問所の方がより開かれた教育機関であろう。

これは、学生の均一化を招くだけでなく、日本のエリート階級の固定化につながっていくはずだ。反面、江戸幕府の懐の深さを再認識してみたい。

阿部謹也といえば、ヨーロッパの社会史の権威だが、教養を興味深く定義している(彼の本の中で読んだ記憶がある)。

それは、「自分が何者かを知っていること」。

とても含蓄のある言葉だ。

思うのだけど、異質な他者と関わること、これが自分を知るための大きな手だてではないだろうか。

大学と教養 その2 日本大学はなぜ東京六大学ではないのか

今はやりのリベラルアーツでいえば、文理学部があり、そこに哲学科(学問の基礎)もある。大学の基盤である医学部も法学部もある。

歴史もあるが、微妙に東京六大学に比べ新しい。司馬遼太郎の受け売りであるが、この時間差の意味が大きい。

というのは、明治初期、欧米から講師を招き、外国語による教授が当然であった時代から、日本語での教授に重点が移った時代の大学だからだ。日本大学の”日本”には、外国人に頼らないわが国の大学の意味合いがある。

校歌:朝日と輝く国の名負いて毅然と立ちたる大学日本、、、

フランス法学に始まる法政大学は、ボアソナードタワーなんて建てているけれど、日本大学史にボアソナードに相当する外国人はいない。

中央大学、都心から多摩の山間部に拠点を移しても、なぜか中央?それはさておき、始まりは、英吉利法律学校である。

そして、時代は逆戻り。21世紀に入ると、外国語(といっても英語のことだ)での講義をウリにする大学が続々と発生している。

おっと、旗印まで英語化している。グローバル!これで、新たにグローバル東京六大学が誕生するのか。

一例なのだが、ここで少し考えてみよう。

夏目漱石の学生時代の数学のノートが残っているそうだ。なんと全て英語だそうだ。数学ですら英語の教授を受けていたわけ。

彼の英国留学の苦労話は有名だが、彼の最大の業績は文学作品による近代日本語の確立である(当然、英語教育にも貢献したが)。

グローバル大学を卒業したら、「ちょーまじやべェ~」が、英語化するのか。

肝心なのは、志とか思想だよね。と、思う。

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