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2015年2月

社会史を考える その1 少年非行集団

今回の川崎の事件で改めて少年非行集団について歴史的に考えてみた。

過去から遡ってみる。

戦後の混乱期

これは、日本の社会が崩壊状態にあったころで、当時の名称では、愚連隊など。警察もあてにならない社会状況なので、やりたい放題。子どもというより、大人的犯罪組織で凶悪事件も多発。

高度成長期

暴走族の時代だ。トップダウンの組織型。男っぽい団結が美学。

バブル崩壊後

チーマーの時代。少人数のゆるい組織だがとりあえずチームではある。”悪さ”を個性的に競い合うような関係性。かつ都市型で繁華街が活動地域。

そして現在

スマホを使用したネットワークが集団の要でとらえどころのない点が特徴。女子も結構いたりする。統制が取れず、そのときの状況で場当たり的に重大な非行もありうる。

今回の事件は、一見、組織を抜けようとする行為への制裁と解釈されやすいが、むしろその場のノリで集団のイベントを行ったような観がある。この未熟さとはそのまま凶悪さである。”状況”を動画撮影している可能性も高い。

川崎中一男子生徒殺害事件の背景とキーワード

まずおことわりとして、一般化して書くことする。少年事件を扱ったことのある方なら、「先輩」という言葉に特別な意味があることに同意してくれるだろう。18歳以下の未成年者にとって、通常それは通う学校の先輩である。が、非行少年が使用する場合、それは地域の非行集団の意味であることが多い。

だから、子どもの様子がおかしい、と感じる保護者もこの言葉に注意してほしい。

家庭の保護能力が低下し、学校の管理も及ばなくなると、この集団から誘いがかかる。どこにでもいるのだ。そして、最初それは魅力的だ。スゴクで自由でかっこいい(と、映る)。背後に暴力団がいたりするが、最近は少年非行集団が”自立”の傾向にあるのかも知れない。

変な話だが、彼らの”管轄地域”であまりに大きな事件を起こされるのもかえって困るので、暴力団がそれなりに少年非行を”規制”してたりもするのだ。

さて、通常このような仲間に受け入れられるうえでは通過儀礼がある。犯罪社会学的に重要な点だ。

それは、悪事をなすことを強いられる、ということだ。その効果は、通常の社会との関係を断たれること。かつ、その反動として非行集団のルールに従うことになるだろう。

この事件上、一般的な感覚から不思議な点は、「なぜ危険と知ったうえで、行くのか」だ。

いくら凶悪な集団でも、相手を学校や自宅まで連れ出しに来ることはまずない。でも、こういったリンチ殺人事件の被害者は、あえて自分の足で死に場所に向かっていくことが多い。

心理的に退路を断たれ、心理操作もされているのである。すでに悪事に加担させられているなら、警察に頼る気も失せているだろう。

この件で特別なことがあるとしたら、加害者の逮捕がまだないことである。

地元警察なら、地元の非行少年集団のことをよく知っているはず。このあたりならあの連中とか、目星は簡単につく。なので、逮捕に時間はかからない。

そうでない理由として、多分、スマホの普及など通信手段の発達が、より広域の集団との接触を可能にしている可能性があろう。

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