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教養の宗教学 その1 医学部と動物供養

うちの娘が小学校の授業のことを気にしている。理科の実習では、生き物の解剖とかあるらしい、って知ったからだ(ただし、しないで済ます学校も多いらしい)。

これが医学部だったらさらに大変だろう。魚では済まない。人間に近いほど、”使える”わけだ。サルは一般的ではないだろうが、より無難な哺乳類、ネズミなら普通のことだ。

大義名分があるとしても、自分の操作で死に至らしめる過程を追っていくことは大きなストレスのはず。

ある大学では、学生参加で寺院に行き、実験動物供養をしていると聞いたが、、、。

ところがこの大学、キリスト教系の医大である。

だったら、その筋(カトリック)でやれば?って思うが、教義上はありえないはず。供養は仏教式なので、ミサか?いやいや、根本的に動物は対象ではない。

キリスト教を含め、一神教(ユダヤ、キリスト、イスラム)は人とその他の生き物について、厳格な区別をしている。人間は別枠で創造され、どうすれば救われるか秩序立って導くシステムがこれらの宗教の特徴なのだから仕方がない。

なので、死んでいった実験動物たちへのいたわりの気持ちを厳粛に表現するのなら、宗教のアウトソーシングをするわけだ。

このような使い分けは、いかにも日本的に感じる。

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コメント

人とその他の生き物--その裏を書いたジョン・スタインベックの小説があります。「聖処女ケイティ」 (Saint Katy the Virgin)。ケイティは豚だが主に祈ったので信仰を持つとして聖別されたのだった。

個人的には『スコットランドの民話と伝奇物語』(上下2巻 1977)に登場するミサを形だけまねしても人ならぬ妖精は死後の救済の対象ではない、ときっぱりいう話のほうが好きですが。。。

いつもありがとうございます。豚と妖精の救済とは、インパクトのあるテーマです。スタインベックですが、大物なのに普段あまり意識していませんでした。こんな小説もあるというか、ありうるのですね。

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