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脳科学について その6 くすぐるそして自我境界へ

保育園で流行っているらしい。うちの娘が後ろからしのびより、いきなりくすぐって反応を楽しんでいる。この応酬はけっこう盛り上がったりする。

で、娘は気がついた。「自分でくすぐっても、くすぐったくない。何で?」

これは、重大な問題をはらんでいる。

素朴な唯物論的には、

S(刺激~くすぐり)→脳→R(反応~くすぐられ反応)

のはずが、それでは説明できないからだ。

つまり、このSは、唯の物理刺激だけではない。それ以上の状況的場の影響を受けているからだ。

もう少し掘り下げると、皮膚感覚は、自分と他者を厳密に峻別している。また、皮膚は、体を包み込み、内部を保護しているのみではなく、さらに心的に、自我の境界も形成しているということ。

臨床的な例も挙げてみよう。病的に極端な場合だ。

時に、統合失調症の患者は、自分の皮膚感覚の異常を訴えることがある。かつて僕が出会った例は、中でも際立っていた。

「機械の虫が体中(皮膚)にとり付いて悪さをする」、という訴えだ。

「私にも見えますか」と尋ねたら、「目のいい人には見えるかも知れません」という。

感覚的に了解できないが、だから本当の病気なのである。

「機械」、これが本質と思う。無機的で、生物の虫より、ずっと身体感覚的に異質なものと解釈できる。

アルコール中毒患者も、「虫」を感じる(多くは見る)ことがあるが、ずっと生生しいイメージである。それは、自発的に命をもって動いているからだ。

以下余談。軽い話をしよう。

くすぐられて反応しやすい人ほど、若い。高齢者になるほど、鈍くなるらしい。

では、くすぐりっこで遊ぶと老化防止か(くすぐり療法)?これは、脳科学上、検証されていないが、試してみる価値があるかも。

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外観は区別がつかない。ただし皮膚の一ミリ下はぜんぜん違います。塗料で仕上げてあれ [続きを読む]

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