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脳科学について その7 皮膚と脳のたとえ

さらに、皮膚で思想を語ってみよう。ある皮膚科医が、こういった(関係者から伝聞)。「皮膚科って、バカにする人って多いけど、身体の部位でいえば、一番大きい領域なんだ!」

一方、どうだろう。みなさんは、「脳外科」にどんな印象を持つか。高度な医療の最先端?これは、脳科学に関するイメージとも輻輳していると思う。

陰ながら、先の皮膚科の先生を援護してみたい。ネタ元は、高校の生物。皮膚とは脳の外延みたいなものだ。

受精卵が、育つ初期の段階で、外胚葉、中胚葉、内胚葉に分化していくけれど、一番外側の外胚葉が溝状に陥入して脊椎や脳に分化していく。残りの多くが皮膚、その他、目の水晶体とか。

つまり、発生起源でいえば、皮膚も脳も同じ。その本質は外界(世界)と関わりながら、情報の処理を担う、ってことかな。目の発生など示唆的だ。

外界と関わる、これも深い意味がありそう。ここから、内と外、さらには自分と自分以外のものの違いが問題になる。

とすると、そもそも脳って一つの臓器をとりあげて、いくら中身を精緻に科学しても、それが何かってことの本質は見えてこない。

応用的な現実問題として、うつ病を脳病として考え、薬物だけで対処すること限界がある。

つまり、その人を大きな環境の中でとらえ直してみる視点が必要だ。

たとえば、朝日を浴びる習慣を身につけましょう、と具体化もできる。この習慣が治療に有効な理由は、脳内ホルモンに関連づけることも可能だけれども、マクロな視点では、世界との関わりを見直すことの重要性。

思うのだけど、今の社会、身体感覚全体でリアルな世界を感じることが非常に限定されてようとしている。それは、スマホの画面とイヤホンに支配される心の風景だ。

もう一つ、臨床的な例をあげると、リストカットが止められない人たち。

この行為の解釈として”自己確認の手段”があるが、以上の文脈でいえば、極端な皮膚感覚で、世界との生きたつながりを取り戻そうとする努力、と僕は考える。

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