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挨拶の意義について その2 スキルとしての挨拶

新年のフォーマルなイベントなど、政治家の挨拶を聴くことが多くなる。やはり、国会議員レベルともなると、見事!である。見事、という表現は、少し皮肉を含めているが、、

こんなにすらすらと、当たり障りなく、相手を持ち上げる表現をさりげなく駆使して、話ができることに僕は驚くと同時に、自分は社会人として未熟ではないかとも感じてしまう。

あっちこっちで挨拶しまくる、政治家の仕事ってもしかしてこれが半分かも、とも思うが、それにしてもスゴイ(その中身なしの美句麗言も含め)。

一方で、別なタイプの気になる人たちがいる。悩みやトラブルを抱え込み、うつになって仕事が続かなくなったり、引きこもっている人たちだ。

そういった人たちの中には、こちらが恥かしくなるほどの立派な学歴、資格があったりするが、先の政治家の人たちとはまったく逆の印象を受ける。

その内面の世界に立ち入ることは、とりあえず置いておこう。少なくとも挨拶とは、社会的スキル(技能)である。意識しながら現実場面で実践していくことが大切だ。

じゃ、参考になるものがあるかといえば、今、思いつくものがある。それは、「江戸しぐさ」。しぐさ、身体表現も含むことに意義を感じる。ウェブ上で検索すれば、いろいろ参考になる情報がある。

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