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2013年12月

イエスとクリスマス

うちの娘が、いう。「クリスマスってキリストさんの誕生日のお祝いなの?」

どこで聞いてきたのか、ミッション系の保育園でもあるまいし。

答えは、「イエス」。これ、洒落になっている。

キリストって、”救世主”の意味だから、歴史上の個人名としては、イエス。イエス=キリストと宗教上の解釈する人たちがキリスト教徒の人である。また、教義上、人としてお生まれになった神でもある。

一方、そんなわけはない。イエスは、神の言葉を預かった預言者の一人にすぎない(最後の預言者ムハンマドこそ重要)。

と、解釈する人たちもいる。その人たちがイスラム教徒。

いや、彼は、うちの宗教から派生した異端の教祖だ(直接聞いてないのだが、たぶんこんな感じ)。と考える人たちは、ユダヤ教徒。

こんな具合に、中東由来の一神教がイエスに関連して説明できる点が興味深いと思う。

話をクリスマスに戻すと、なぜ今日がイエスの誕生日かという根拠は全くないが、厩(うまや)で生まれ、朴訥な羊飼いたちが最初の祝福を述べるエピソードは感動的である。それは、史実にも近いのだろう。

おそらく社会の下層にイエスは生まれた。それは、大きな宗教的インパクトでもあるし、弱者への配慮に心を配った彼の生き方にも通じていると思う。

世の中には、「クリスマスだからって楽しんでいられないような苦境にある人たち」もいることを改めて考えてみる日があるとしたら、今日であるし、それはイエスの教えにかなったものである。

C.ディケンズの”クリスマスキャロル”は、こういったクリスマス精神?を率直に描いたものと感じる。

そして、余談。

「それって結局、チャリティー止まり。虐げられている人を本気で救う気なら、社会の仕組みを根本的に変えなくてはダメ」って主張もある。

この筋の王道がマルクス主義。

この考えは積極的な無神論なのだけど、元をただせば一神教の基盤の上に立った思想であることを指摘した哲学者がいる。それが、K.レーヴィット。

ラテン語の世界 その20 教会とラテン語、クリスマス

クリスマスが近づいた。今日は、うちの子の保育園も、クリスマス会で盛り上がっているはず。

けど、本当は、キリスト教の教会がクリスマスの”本場”である。信者でない人もクリスマスイブのミサに行くことはお勧めである。

そこは、生きたラテン語が歌われる場でもある。

groria in excelsis Deo,et in terra pax hominibus bonae voluntatis

(そのまま、ローマ字感覚で読めばほぼOK)

(訳)栄光あれ、天の高みの神に、そして、地上では、平和あれ、心ばえの良き人々に

文法はさておき、日本でもおなじみの言葉がいくつかある。

栄光:groria 地上:terra 平和:pax とか。

pax hominibus bonae voluntatis / 平和あれ、心ばえの良き人々に

僕的には、この部分が好きだ。

いいことしている人を見ると、魔法の呪文感覚で、この部分をつぶやいてみる。

以下余談、

生きた?サンスクリット語を聞きたければ、お寺の仏事に参加すればその可能性がある。

通常、お経は漢文であるが、多少原文であるサンスクリット語が漢字表記で含まれている。

僕的には、”サンスクリット語キター!”と内心喜ぶ。

さらに、余談。ラテン語とサンスクリット語は、同じく古代印欧語の従兄弟くらいの関係にある。

脳科学について その4 鬱(うつ)の予防に薬は要らない

昨日の日経記事、「自殺リスク半減」。と見出しにある。副題は、「野菜や大豆中心の健康型食事」。

国立国際医療センターなどの研究結果である。その詳しい要因は、野菜等の栄養素に言及している。

これ、「脳」そのものには関連づけていないが、理屈上、分かりやすい脳科学である。

しかし、実際問題として、「野菜は体に良い」って一般化された見解がすでにあるわけだ。では、どうしたらそうした食習慣が身につくか、実現できるか、それは、「心」問題であるし、ひいてはレシピのノウハウにも関連する。

親的には、食育の重要性を改めて認識すべきだろう。

また、常日頃思うのだけれど、特に若い世代について、偏食のないことと社会的適応力は相当関連していると感じている。

子どもとの対話 サンタクロース

うちの娘が、アニメ「ポーラーエクスプレス」を熱心に見ている。その情熱の源は、サンタクロースのプレゼント集配システムの解明にあるらしい。

日ごろ、その実在性にまったく疑念の余地はないようだが、別途、謎が深まるばかり、、、。

疑問1 どうやって親は、希望のプレゼントにつき、サンタに連絡を取るのだろう。

疑問2 サンタが、セコムの警備システムを突破できるのはなぜか。

保育園でも、情報収集しているようだ。

こんなこともいう。

「サンタさんは、遠くから来てくれる。おなかだってすく。だから、お菓子をあげたい。どこにおいたらいい?」

親的には、いつかネタばれしたときの説明も必要になろう。

「実はね、子どもの親は、みーんな、サンタになれるんだ。だから、大人になったら、お前も立派なサンタさんになりなさい」

こんな感じでよいかな。

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