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2013年4月

アイルランド極上の夏 その8 野辺の聖母

アイルランド的懐かしさの続き。たとえば、日本の田舎で、お地蔵さんのお堂があったりする。花とか、お菓子が供えてあったりすれば、さらにいい。

アイルランドでは、お地蔵さんとか、観音様の代わりにキリストやマリア像が野辺にある。思わず、お参りしていこうかって気にもなる。日本的宗教観のアバウトさってなかなか融通がきくものだ。

Maria

このマリア像は、スライゴーの道沿いで見つけたもの。なかなかお綺麗なマリア様である。

ついでに加えると、家の中に祭壇をしつらえているお宅もある。まさに神棚である。さすがに祖先崇拝の文化はないので、位牌を並べた仏壇に相当するものはない(あたりまえ)。

日本の隠れキリシタンの人たちが、信仰を隠すため一見観音様に見える「マリア観音」なんてものを考案していたが、こういった母性への信仰は、それなりに普遍的なものと思う。ただし、仏教上の正統な解釈では、観音様は女性ではないけれど。

アイルランド極上の夏 その7 草ぶき屋根

夏が近づいてきたので、このシリーズを再開することにした。

この写真は、アラン諸島イニシュモア(Inish More)島で撮影したもの。アイルランドの固有の文化が色濃く残る島として著名である。

Inishが島、Moreが大きいを意味する。だから、和名なら大島。

An_pucan

アイルランドは懐かしさを感じる場所である。つまり、日本の田舎の原風景と微妙に重なる光景に出会うことがある点だ。

たとえば、この廃屋。草ぶき屋根だ。そして看板がある。日本だったら、例の健康飲料とか、蚊取り線香の金属看板だったりする。

この看板、An Pucan とあるがPucanは店の意味だ。伝統的なゲール文字の書体がまたいい。”An” は、英語の”The”に相当する。中央に「OPEN」とあって、左の方向に土産屋があるというわけ。

自転車がある。この島を観光するには自転車が好都合。観光客が置いていったものだろう。大きな島、といっても自転車で十分。また、小さな見所も多いので、その意味でも自転車に向いている。

ラテン語の世界 その12 太陽と信仰

ラテン語でとびきりの言葉を一つ挙げるとすれば、僕は、Solifer(ソーリフェル)を提案する。

”太陽をもたらす、東方の” の意味だ。

語頭の”Sol”これが太陽そのものの意味。今なお、ソーラエネルギーとかなんとか、この言葉がとかく活用されている。

とにかく、太陽が出ることはありがたいので、その方向も重要だから、”東方”はありがたい方向である。

この古代的感覚は、日本という国名にもそのまま反映されている、と考えれば、古代の英知にふれたような気になる。

ところで、この時期、大学とか新入生の「オリエンテーション」が重要なのだが、これはそもそも方向づけるという意味だ。

ラテン語で、東は、”Oriens”。これが、オリエンテーションの語源である。

Oriensには、太陽神の意味もある。って、考えると、方向づけるとは、本来東に方向づけることで、それは特別な意味を持ってるらしい、と分かる。

これが端的に表現される場面とは、教会建築の様式らしい。日本のキリスト教教会はこだわっていないようだが、正面を東に向けることが基本のようだ。

イメージ的に、朝のミサなんかが執り行われて、正面から入った太陽の光が祭壇に投射される、、なんていかにもありがたい演出である。

旧約聖書には、月とか太陽とか、天体を崇拝することを戒める記述があるようだが、でもこのような形で古い太陽神崇拝の痕跡が残されているのでは。

マニアックな話はさておき、朝日を浴びるご利益(健康管理)は、例の脳科学だって薦めている。と、いうより、ヒトは本来、夜行性(Nocturnal)ではないからね。

おっと、またラテン語が出てしまった。Nocturnalの語頭の”ノック”だが、これは、ラテン語の”Nox”。夜という意味。

最後におまけの記事。身近なラテン語文化のことだ。

日曜日は、そのままラテン語に由来している。Soris Dies /ソリスディエス=直訳では太陽の日、となる。

Solは”太陽”だが、”太陽の”は、Soris と格変化する(この場合は属格)。このように、単語が変化して言葉が連なっていくが、これがラテン語の特徴である。つまり格変化が、日本語の「~は、~の、~に、~を」などの働きを持っている。

名詞の属格だけでも押さえると、応用の範囲も広がる。

たとえば、太陽+光(Lumen/ルーメン)なら、Soris Lumen=太陽の光、となる。

プリキュアオールスターズ 影との戦い

子守の都合上、映画館へ、、これはなかなかである。副題は「こころのともだち」。

いつもながら、音楽的には、限定的だがハープの使い方が気に入っている。ダンスの振り付け、これこそプリキュアならでは。十年分のキャラクター、32人のステージは圧巻だ。

ただ、欲をいえば、いつもながら身体表現が豊かなのに比べ、打撃系(アイリッシュ、タップなど足のステップを鳴らす様式)の要素がないのが惜しい。プリキュアでリバーダンス?想像しただけで楽しそう。

そして、本題なのだが、「影」だ。心の中の悪の要素、これにどうやって向き合うかこれがテーマになっている。その意味で、心理療法のプロセスみたいな話でもあり、ストーリーに含蓄がある。

その意味で、ゲド戦記(1巻)のテーマに関連している。こっちは、ずばり、「影との戦い」が副題だ。

さらに、深く掘り下げれば、K.G.ユングの「影」の概念。興味を持った方はこっちもチェックしてみたらいかがだろう。

ただ、ユングが警告するのは、よくできた人ほど、影がその分強力になる点だ。これは深刻な見解なのだが、子ども向けの作品としては、難しいだろう。

とはいえ、この映画では、もともと影の濃い(だから大人びている)二人のプリキュア、キュアパッション、キュアビートがなかなかいい味を出してくれた。これまでを知ってる人には「なるほど!」と思うシーンが挿入されている。

ところで、親サイドの目線からすると、ビジネス的には出来すぎていてかなわない?関連商品の誘惑(子どものアレ買って、コレ買って)に際限ない攻防が続くハメになる。うちでは、文房具セット1点に何とか押さえ込んで?この日は決着。

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