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三河紀行 その1 西浦半島

新年最初のブログ記事なので(すでに節分を過ぎているが)、日の出直前の写真を載せてみよう。

場所は愛知県西浦半島の先端から。三河湾に突き出たごく小さな半島だ。西浦温泉といってもいい。温泉街と呼ぶには大げさだが、先端に宿泊施設が多くある。

Nishiura

手前によく整備された海水浴場がある。白砂だ。それは花崗岩由来だからだろう。

一方、関東の海水浴場の砂は通常黒い。玄武岩系だからだ。

向こうには、三河湾の島々や渥美半島が見える。三河湾の島といえば、篠島。特産のワカメやシラスにより、この地域ばかりでなく、東京圏の食材の供給にも一役買っている。

できたら愛知県の地図を思い描いてほしい。東に渥美半島、古代の海民の名にちなむ美しい半島がぐっと伸び、西に地味だが国際空港付きの知多半島がこれに応じるように海を囲んでいる。

そして、両者の中間にチョコンと、西浦がある。行政区分では蒲郡市。この地域は、三河のディズニーランド?、ラグナシアがあり、水族館もあれば、競艇場もある。他クルーズとか大規模商業施設とか、それなりの海岸リゾート地といってもいい。

海の食材が豊かだ。黒マグロが続々水揚げされる、、ような豪華さはないが、あの手この手のおつまみ的に豊かなのである。たとえば大アサリ、これが特にいい。エビの加工品の多様さも他に類を見ないだろう。

言い方をかえると、半島に囲まれた豊穣な多島海。これが三河湾。

オマケで日本史を少し。ここから少し西に吉良町がある。赤穂浪士の忠臣蔵が日本で最も人気の無い地域である。

だって「吉良」だから。

この人、塩田開発に業績のあるそれなりの名君であった。また、小さな藩だが、この殿様は幕府の折衝役として、国内のその他勢力との調整に手腕を発揮していた。つまり、実務的文化人である。なんで襲撃されたのか。

本来、徳川のお膝元的な三河。江戸期は小藩乱立なのだが、それぞれユニークなカラーがあったのかも。また、忘れてはならないが、海の三河もあれば、山の三河もあること。

いや、世界の三河もあったりして。あのトヨタ。豊田市だね。

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コメント

こんばんは。私は愛知県には馴染みがないです。一度名古屋駅に降りたことがあるだけで、あとは通り過ぎていました。でも美しい写真ですね。

呼戯人様。コメントありがとうございます。
どこであろうと、日の出を見て一日が始まれば、健康的でよいものですね。

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