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2012年12月

総選挙と政党ネーミング

終わったけど、もう少し書いてみる。気になったこと、それは「新」政党の乱立だ。直前に消えてしまったり、つぎはぎ的につながったり。

そして、ネーミングの貧困さ。株式会社なら、いろいろアリだろうけど、政党は難しい。八方美人的にいけば、「みんな」とか「国民」をつける。要するに、選挙民全ての利益代表となる(ほんとか?)。そうでないとすれば、「非国民」を想定している。これって誰?

とりあえず、「新」。安易な選択肢がこれ。新しければいい、って家電製品か。そもそも、古くなること、すなわち長期の存続を考えていないのだろうか。

さらに一ひねりで、「維新」。龍馬ファンが政治家には多い。当然、明治維新から引っ張っているわけで、いわば明治維新「ゴッコ」である。

佐幕の僕的にいえば、歴史認識甘すぎ、である。話すと長くなるので、詳しくはまたの機会にしよう。そもそも、維新って中国古典(詩経)の言葉である。漠然としたイメージで使ってほしくはない。

あ”あ”「未来」。なるほど、「新」の上を行くわけだ。新しいどころか、そのまま漢字を追えば「未ダ来ズ」。広辞苑を引いてみると、結構古い言葉とも分かる。

しかし、良い意味が含まれている気配は全くない。むしろ「末法思想」関連か。原発事故の放射能が降り注げば、、なるほど、末法だ。あのパステルカラーのおばちゃん、末法到来を嘆いているのかな。

このブログ的には、非常に興味深い。今、皆さんは、「未来」と聞けば、切り開く、とか、輝くとか、非常にポジティブなイメージをこの言葉に関連づけるだろう。

このトレンド、どのように生まれたのか、これってすごく深い問題だ。つきつめれば、一神教に始まる歴史観の問題だから(救済思想)。近代思想史的には、世俗的にヘーゲル→マルクスの路線。つまり、切り開かれる人類史のテーマ。

それはさておき、結論的に、新しい政党を立ち上げようにも、新設可能な基本理念が枯渇しているので、こんなイメージ優先のネーミングが乱立しているのだろうね。

それは、日本的「ぬるま湯」かも知れないが、やたら極端な「原理主義」が突っ走るより良いことなのかも。

総選挙と本当の対立軸

今回の選挙には、本当の対立軸がある。それは、財務省VS全ての政党だ。

公共工事に予算を使うか、福祉に予算を使うか、ごく単純に考えればこの配分が政党間の政策の違いなのだが、いずれにしても予算を使うことに違いはない。

余談だが、笹子トンネル事件は気味の悪いタイミングだった。一方で増えまくる生活保護費。

必要なだけ税金を集めればいい?これは乱暴だが本当は理にかなっている。しかし、どんな政党だって増税には及び腰にならざるを得ない。だって、票があつまらないから。いろいろ理由をつけて先延ばしを計る。

大企業が溜め込んでいる、国には埋蔵金がある、もっと無駄遣いがあるはずだ、とか。

それなりに根拠はあるけれど、決定的なものはない。

そこで、金融。具体的には、国債増発だ。これ、麻薬みたいなものである。始めたら、止められない。

「そんなのいけません、財政規律がめちゃくちゃです」なんて、少なくとも仕事上、本気で向き合うべきは財務省しかない。職務に誠実であるほど、嫌われ者、僕的には、大いに同情する。

民主主義に必然的に潜む危険性は、国債の乱発といってもいい。

といっても、乱発できる国は、信用度の高い、ある意味恵まれた国である。発展途上国は、大きな借金を負うことが難しく、財政規律が意外に健全だったりする。

それほどでもない国が、身の丈以上の信用度を得たらどうなるか、その答えは今のギリシャだろう。盛んなデモ、なんたってデモクラシーのデモである。

今回の総選挙、「未来」って言葉をよく聞くけど、未来をあてこんで未来を食いつぶす意味ある、国債増発は目前に迫っている。

総選挙と古典ギリシャ

選挙が近いので時事問題に集中してみよう。ただし、このブログの切り口で。

プラトンの著作群は、もちろん哲学書なのだが、登場人物の多くは「生」の政治に関わっているといっていい。というか、職業政治家が確立していない時代のことである。つまり、直接民主制に近いわけ。

それは、アテナイの一般市民が腕を競って弁論の技術(テクネー)向上に励む時代だった。で、ソフィストが登場する。その多くは外国人で、報酬をもらって弁論術を教えていた。つまり、プロ。

このプロ集団と自称一般市民の代表であるソクラテスが対決する。これが基本のパターン。ソクラテスの攻撃のポイントを乱暴に表現すると、「おまえらの教えているのは、テクニックばかりで、物事の良し悪しではない」だ。

B.ラッセルに言わせると、「プラトンは悪意をもってソフィストを描いているが、それでも彼らの主張には輝きがある」。

つまり、ソフィストなりに筋のある高度な論理性=哲学があったことは留意すべきではある。話し方教室的に、笑顔を作り方を実演していた記録はない。

さて、この総選挙も1票を獲得すべく「プロ」たちが言葉とパフォーマンスの技を競っている。いや、もっと意地悪く言うと、有権者に「媚びる」技?

今回の選挙の争点は、原発VS脱原発?

いや、以上の視点からすると、ポピュリズムVS脱ポピュリズムじゃないか。

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