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2012年8月

大津事件再考 文明国の規範とは

何で今頃大津事件かといえば、最近、日本の在中国大使が狼藉に遭い、かつ犯人が英雄化される向きがあるため(民主化の成果?)、その対比として。

1891年、日本訪問中のロシア帝国皇太子が、警官に切りつけられる事件があった。重大な外交問題勃発、そのとき日本はどうしたか。

後の日露戦争にいたる暗雲が出始めていたころだ。ロシアの極東進出も始まっていた。加害者には愛国的!動機があったはずだが、認められるどころか国家レベルの不届き者扱いとなった。

世界に冠たる大国相手だから、小国日本はビビリまくっていた。いわば、国民、政府、皇室一丸の「御免なさい」キャンペーンとなった。

しかし、記録からすれば、報復も怖かったが、同様に、礼節に即し、一国の代表者に対する甚だしい無礼を民衆を交えて詫びたとも感じる。わざわざ、無礼を詫び、日本の安全を守ため、皇太子に遺書を書き、自害する人までいた。

政府の事後対応は迅速だった。それはよかったが、ロシアの手前、とにかく犯人を死刑にしようとする政治圧力も盛り上がった(それは媚びすぎだろう)。

けど、裁判官は法を曲げなかった。傷害罪である以上、死刑にはしなかった。つまり、法治国家の筋を守った。

結果、ロシア側からの報復も賠償もなし。むしろ、ロシアから皇太子を助けた人力車夫2名に、報奨金と生涯年金が与えられた。この年金は、ロシア帝国が革命により滅亡するまで続いたそうだ。ただし、日露戦争中は、日本政府が仲介をしなかった。

余談的にいえば、ニコライ皇太子、後のニコライ二世は、その日記に日本を悪くいう表現はないという。しかし、最後の皇帝として自国の革命政権により一家皆殺し。この経緯、本当に気の毒である。

プリキュアの夏休みと祖母の役割

第27話。これは教育的にもいい感じ。スマイル・プリキュア、夏休みのお話。いつものテイストとは一味違っていた。

プリキュアのメンバーの一人、星空みゆきが他のプリキュアメンバーとともに祖母の家に止まりに行くという設定。祖母の家は、日本の田舎の原型みたいなところにある。

遠野あたりがモデルだろう。水田の広がりと青い山。清流のほとりには、水神の祠があり、天狗、河童の伝承が息づいている。夜の闇の深さを印象的に取り込んでもいた。

で、その山の頂に巌(いわお)があったりする、こんなディテールがいい。特別な意味がありそうだが、話の中には組み込まれていない。

当然に、いつもの悪役(ウルフルン)が悪さをしようとするが、あっさり、みゆきの祖母にかわされてしまう。狼型悪役ウルフルンも、みゆきの祖母にとっては、カワイイ化け狐程度。このやりとりはよくできていた。

スマイル・プリキュアの設定上、悪役たちは人間たちの鬱(うつ)のエネルギーを集めて、より大きな悪事をたくらむが、この祖母からはどうしても出ない。

その対抗力は、祖母の人生の哲学でもあり、民俗学的存在(天狗、河童など)に象徴される大地の力との結びつきといえよう。正統な田舎暮らしの果報みたいなもの。

都会暮らしの子どもたちに、「おばあちゃん」の役割を伝える作品であった。

イメージ上関連して、こんな映画がある。原作は小説だ。

「西の魔女が死んだ」

子どもたちにとって”普通”に生きることが困難なこの時代、こういった視点は重要に思う。

ラテン語の世界 その6 宇宙観とキリスト教

これは今後、並列する宮古島紀行とも関連する話で、人間にとっての宇宙の感じ方について。

たまたま、辞書でこんな表現を見つけた。

hoc omne templum これ、そのまま”宇宙”の意味。説明は後ほど。

ギリシャ、ローマは西洋文明の源であるが、ローマ時代の途中以前と以後では相当に違っている。”ローマ時代の途中”ってヘンテコな言い方だが、要はキリスト教の影響のことだ。

それ以前は多神教の時代。自然界のいろいろな側面が、神様のイメージと結びついていた。たとえば、イギリスのバース。ここの世界遺産は、いわずと知れたローマ時代の公衆浴場。今もホカホカ湯気が立っている〔入浴禁止〕。

しかし、銭湯のように俗ではない。

複合的で巨大な遺跡なのだけど、これ神殿付きだ。日本的にいえば、温泉保養は自然の恵み、神様のご利益ってわけ。事実、沢山のお賽銭が発掘されている。これ、文字通りの意味でお賽銭なんだ。

ところが、ある歴史の節目からお賽銭が少なくなっていく。理由は、単純明快、新興宗教キリスト教の影響により、温泉の神様を信じる人が少なくなっていくからだ。

キリスト教の文化的影響の一つは、自然物から神聖さ、崇高さを剥奪する点だ。

イメージ的に、癒しの温泉を湧き出す大地そのものが神だったわけだけれど、キリスト教の神は一人だけだし、宇宙のすべてはこの神が創ったってことなのだから、神様の作り物を崇拝するなんておかしいって話。

モノはただのモノでしかない。と、キリスト教は、ある意味とてもドライな宗教なんだ(だから近代科学の母体になりえた)。岩や巨木にしめ縄を巻く日本の神道的発想とは真逆だ。

で、先の言葉。キリスト教以前か、以後か明快だろう。

丁寧な訳では、”この万物の神殿”となるはず。

templumは、英語のテンプルの語源で神殿。あと、omneが万物の。hocがこの。

万物、かっこよくいえば森羅万象だから、それだけでも宇宙、しかし神殿でもある。なんというか、世の中のすべてがありがたい神様の顕現みたいな、汎神論かつ汎心論がこの言葉の背後にある。

多分、古代人はみんなこんな感じだとおもうけどね。スゴイ星空とか見たら、今の人でも多かれ少なかれこの感性がよみがえると思う。その反面を考えると、人間の身の程を知れ、ということだろう。

宮古島紀行 その9 基本の景観

飛行機が島に近づくとき、「ああ、あれが宮古島!」と初めて訪問する旅行者は、感慨を持って、窓から見る。

島のおおよその陸地は、緑と赤茶色の格子模様のようだ。緑はサトウキビ。赤茶色は土の色。

サトウキビの育成、収穫のサイクルは1年ではない。こっちの畑は収穫期、あっちの畑はこれから植え付け、こんな具合だから、内地の水田のように一度に景観が変わるわけでない。

Photo

いかにも乾燥してそうな大地、加えてサトウキビの緑は、稲の緑より乾いた材質感がある、と僕は思う。こんな違いがいろいろあって、旅行気分の基礎になる。

宮古島の地表の多くは、「島尻マージ」と呼ばれる赤土。これはサンゴ石灰岩の風化によってできたもので、アルカリ性が強いそうだ。この点、本来の植生や、植物の育て方に影響がありそう。

沖縄観光イメージに、赤瓦、白漆喰の民家は欠かせない?が、それほど多くはない。見るならば、島西部の久貝、松原地区がお奨め。貸切できる古民家があったりする。

すばらしいことに、首都圏にありがちな、無理な宅地開発で密接に立ち並ぶ建売住宅、、なんてものは見たことがない(あったら興ざめ)。

じゃ、新しいタイプの民家ってどうか、といえば、自然の猛威に対抗できる要塞みたいな家だ。やたら突き出たひさしも特徴的。内地じゃ見たことがない。

なんたって、生まれたばかりの元気な台風がバンバン襲来する島。この家は実に頼りがいがある。

Photo_2

伝統民家ばかりでなく、それはそれで、旅行に来た気分になれる。

この建築様式は墓の様式でもある?住居のミニチュア版みたいな墓も多い。このあたり死生観を反映しているのかも。

宮古島紀行 その8 島言葉、会話集

以下、カッコの中が宮古島語。

手元の資料をもとに、架空の話(パナシ)を作ってみた。若者(バカムヌ)カップルが宮古島を訪れた設定。女性(ミ・ドゥン)はAさんとし、男性(ビキ・ドゥン)はBさんとする。Aさんはリピーターである。

B 空から見たけど、きれいな島(カギスマ)だね。いいところだ(スーザヤ)。

A ようこそ(ンミャーチ)!

B 紹介してくれてとてもありがとう(タンディガァー・タンディ)。君と一緒に(ウバー・トゥ)来ることができてよかった。心配したほど、暑くはないね(アッツァ・ニャーン)。

A でも、太陽さんさんよ(ティーダ・カンカン)。さぁ(ズー)、(イン)に行こう。

B 腹減った(ヤー・スー)。疲れた(フガリ・ニャーン)。残業続きだったし。

A あれま!(アバー)、しょうがないなぁ(タスカラン)。じゃ、お奨めの料理があるよ。

AB(お店に入る)ごめんください!(カーサーチー)。

B(出された料理について)ずいぶん臭い(フサー・フサ)な。(ノウ・リャー)

A ヤギ(ピンザ)汁よ!

B げー!マジッスカ(オゴエー)?食べたことない(ファイ・ヤ・ミーン)。食べれない(ファ・イン)。かわいそう(ツンダラーサ)。

A 試しに(マズガーティ)、食べなさい(ファイ)。

B おいしい、おいしい(ンマー・ンマ)。ヤギ汁、最高(ズミー)!おかわり(ンナピ)、これで元気いっぱい(パニパニ)。

A 変な人(ピンナギ・ピトゥ)、、、。

B ごめんなさい(マツガイ・ドー)。

お店の人 またいらっしゃい(マタ・クーヨ)。

〔解説〕

・ 驚くべきことに、「こんにちは」に相当する表現はないようだ。こんばんは、は”サリー”、 さようなら、は、”トニナシ”とされるが、あまり一般的ではない感じ。文化的に、率直な対人関係を重んじるからだろうか。人が出あった場合、どこ行きますか、などいきなり本題に入るらしい。

・ はひふへほ、の音が、ぱぴぷぺぽ、やばびぶべぼ、に変化することが多い。これがそれらしさ。

(例)人→ピト→ピトゥ、昼間→ピスマ、鼻→パナ

・ ニャーン、カワイイがこれ猫ではない。猫は”マユ”。この言葉は、過去、完了の意味を加えるほか、無い、という意味でも使われる(と、用例から判断)。

・ 強調を加える場合、言葉を繰り返せばいい。なんと、率直。

(例)おいしい→ンマー・ンマ、ありがとう→タンディガァー・タンディ、元気→パニパニ

・ 最高!(ズミ)は覚えておきたいお奨めの言葉。あと驚きの表現として、オゴエ!これで旅行も盛り上がる。

・ 文法的に人称変化(アルファベットにすると語学学習的?)とか。ハイフンは意味を区切ったつもり。

私     ban,do            あなた      uba,uwa

私たち  ban-ta                          あなたたち uba-ta,uwa-ta

私に ba-nunkai                           あなたに uban-kai

私のもの ba-ga-munu                   あなたのもの uba-ga-munu

あの人 kanu-pito

この人 kunu-pito

その人 unu-pito

だれが? ta-ga?

だれを?  ta-yu?

だれのもの? ta-ga-munu?

あれ kai  これ kui

食べる foo   食べるな foo-na   食べろ fai

食べられない fain   食べたことがない faiya-miin

宮古島紀行 その7 言語、島ことば

基本から考えてみよう。現代日本語は、明治政府の政策から生まれている。良し悪しはさておき、近代国家とはそういうものなのだ。しかし、標準語という呼び方は好きではない。そこには正統な言葉ってニュアンスがあり、その他方言は劣った言葉のようにイメージされてしまう。

標準語の普及は重要なことだけれども、地域特有の言葉は、それぞれ標準化できない特有の意味合いを持っているし、僕はこれにとても魅力を感じている。インターネット時代にこそ、積極的に見直しを図りたいと思う。

以上、前書き。

このブログでは宮古島の方言を、宮古島語と表現しよう。当然、沖縄方言の一つなのだが、かつては、沖縄本島を中心とした琉球王朝の言葉とは、相当に異なっていたことを証する記録もある。

またさらに、ややこしいことに、宮古島の地域内でも言葉の違いがあるという。特に、北部の池間島周辺は独自性が強いそうだ。

細かいことはさておいて、それでも宮古島語は、日本語の一つである。全く異なる単語も多いが、文法は原則同じ。

それは、本土中心の発想からすると、エスニックな辺境の言葉に聞こえるかも知れないが、むしろ古い日本語が、残されている面もあろう(言語学の説)。

また、文化一般からみても、神道の原点(明治政府がいじくりまわした以前)とか、この島の祭祀からうかがえると感じる。

言語につき、僕の参考にしている本は2点。あと、ウェブ上もよくできた記載がある(宮古島キッズネット←これ、お奨め)。

①宮古方言散歩道 奥平博尚著 ㈱あどびず 発行

この本はとりあえず辞書に相当。島の中心平良(ピサラ)地域の言葉が基になっている。用例として、ことわざも沢山収録されている。

②池間民俗語彙の世界 宮古・池間島の神観念

伊良波盛男 著 (有)ボーダーインク 発行

言葉を通じ、池間島の独自性を強烈に強調した本。表題では、”民俗”だが、本の中では島民を”池間民族”と宣言している。つまり、池間民族の民俗をその土地の立場で解説した本。

もはや、宮古島語どころでなく、池間民族語の領域。

この区別、気になるところだが、原則、この関連記事では、より一般的な平良の言葉を宮古島語としよう。また、標準語を宮古の視点から、大和語とする。宮古島語で、現代日本語をヤマトゥフツと呼ぶからだ。

次回は、会話集とか。

〔追記〕

ウェブ上で言語学上の文献を見つけたのでご紹介。

学術上、宮古島の島言葉は、「南琉球宮古方言」で、

その中には、宮古本島、池間、伊良部、大神、多良間方言が含まれる。

また、南琉球方言には、宮古、八重山、与那国方言がある。

宮古島紀行 その6 二つの平安名崎

宮古島の主な観光地の一つが、平安名崎。長く突き出た岬で、東平安名崎と西平安名崎の二つがある。中でも、東平安名崎(写真)の景観はすばらしく、海岸植物の宝庫でもある。また、灯台もある。

Photo

天候に恵まれれば良いが、僕のイメージとしては、強風が吹き荒れる場所だ。

平安名は、ヘンナと読む。宮古島語である。漢字は当て字。”名だたる平安な場所”なんて意味ではない。

ヒャウナが本来の発音で、ヒャウ(ヒャン)は蛇の一種を意味し、ナは場所の意味。と、文献上の説。

つまり、蛇のように長い場所、が元の意味。景観からして納得。そして、東平安名崎は島の南東に突き出ているから、東がつく。

しかし、西平安名崎は本島の北、池間島を臨んでいる。なんで、西?かといえば、宮古島語でニシ(ニス)は北の意味になるから。

この島、地名の意味を考えるだけでも、奥が深い。

宮古島紀行 その5 野生生物との遭遇

ナイチャー(本土人)にとって、海洋生物の豊富さは格段のものだ。しかし、潜ってみなければ始まらない。

本格的に潜ったわけではないので、陸上の生き物から紹介するとすれば、コイツは結構インパクトがある。手のひらサイズのクモ、オオジョロウグモである。観光客に、毎日どれだけの悲鳴を上げさせていることだろう(公衆トイレなんかに普通にいたりする)。

Photo 本土にセミを捕食できるクモはいないと思う。しかし、こいつは宮古島の固有種、ミヤコニイニイも餌食にするそうだ。

怖がる必要なし、素手で捕まえれば噛まれることもあるだろうが、そんな酔狂な人はいないだろう。

自動車を走らせていたら、イタチが横切った。野生のイタチなんて見たことないが、これは本土からの帰化動物。

またあるときは、ヒナを連れた野鳥も路上で発見。コイツは、シロハラクイナ。そもそも、地上性の鳥って珍しいが、沖縄本島のヤンバルクイナ(超稀少)と同じ仲間である。白黒デザインのきれいな鳥であるし、見る価値あり。

海鳥として、アジサシ類はいろいろ生息中。カモメの仲間だが、もっと小柄でシャープな形をしている。僕が一番好きな鳥類がこれ。

海上で静止(ホバーリング)し、狙いを定め、垂直に飛び込み魚を採っている様子にはちょっと感動する。

鳥といえば、渡り鳥、サシバを忘れるわけにはいかない(但し飛来は10月)。はるか、愛知県伊良湖岬と連携した中継地点が宮古島。サシバといえば、美味しい!泡盛の銘柄にもなっている。

ところで、宮古島にハブ類はいない(別物の無毒なヘビはいる)。この点、地上のフィールドワーク上好ましいが、海には、ハブクラゲが出る(場合がまれにある)。浅瀬にも近づくそうなので、子どもの水遊びには注意していた。

学名はギリシア語で、”殺人者の手”の意味だそうだ。宮古島で死亡事故の例はないと思うが、ウェブ上では恐怖の被害体験をいくつか検索できるし、その大型の同類はオーストラリアで”殺人クラゲ”の異名をもつ。

よく知られた観光ビーチなら、クラゲ防止ネットが張られたり、解毒剤(食酢)が浜辺に置いてあったりする。

必要以上に怖がらせる気はないが、”ハブガイ(アンボイナ)”というのもいる。また、地上に毒蛇はいないと言ったが、海中には猛毒のウミヘビがいる。ただし、積極的に人を噛むことはない。むしろ発見できたら感動もの。特別な珍味にもなっているらしいが、素人が捕獲する行為は、その致命度からして正気の沙汰ではなかろう。

あるとき、海中に1mほどの長い生物を発見し、一瞬「出た?」と思ったが、オオイカリナマコであった。

いろいろ出るが、本当に素敵なプライベート・ビーチ?が沢山あるのもこの島。クラゲに限らず、肌の露出を極力避けることが、安全の基本。場所にもよるが、裸足も避けるべきだろう。マリンブーツなど、量販店であたりまえに販売されている。

おっと、忘れた。オカヤドカリ。ぴょんと突き出た目の可愛いこと。どこの浜辺でもいるが、大小さまざま、それぞれ個性的な貝殻に入っているので、しばしコレクションしてみるのも楽しい。

日本的マナーについて

「来たときより美しく」。今日の日経、春秋の記事には、海外で賞賛された日本人サポーター(ワールドカップ)の例が紹介された。

試合後の方が試合前より観客席がきれいになった件だ。このオリンピック、メダルの数も重要だが、ぜひとも品格のある国民性を示してもらいたい。

今回、宮古島の旅行でも、隣のテーブルの家族の食事マナー(食事後の片付け)から学んだ点もあった。

「飛ぶ鳥跡を濁さず」

ところで話が例によって、跳ぶ。

もうすぐ終戦記念日。ぼくは、日本海軍の艦艇の歴史に興味を持ってきたが、なんといっても駆逐艦雪風のエピソードには惹かれるものがある。

並外れた活躍をしながら生き残った歴史的名鑑とされる。あまりに強運すぎてかえって気味が悪いとも言われた。

あの戦艦大和の最期に立会い、生き残った乗員を連れ還ったのもこの艦。

その雪風が連合国側に接収されたときのエピソード、ぼくはここに雪風の秘密があるように思う。

連合国側を驚愕させたその事実とは、最後の最後まで、勝者に奪われることを知ったうえで、完ぺきに整備された状態であったということ(これほどまでに酷使された艦はなかったが)。

それだけでも、乗員たちの精神性が推測されるだろう。それは、艦そのものに体現され、受け継いだ者たちに少なからず影響を与えたと思う。

そして、この艦の数奇な運命はこの先も続くが、興味のある方は調べてみるといい。名前は変えられた(丹陽)。それでも、”雪風”であり続けた。

宮古島紀行 その4 イメージキャラクターたち

宮古島のイメージキャラクターといえば、3人いる。いわゆる、ゆるキャラのミーヤ、宮古島まもるくん、そしてPaanToo(パーントゥー)。

それぞれ出自が全く違っている。ミーヤ、は町おこし的に考案された女の子キャラ、まもるくんは、自然発生的に注目された警察官型交通安全標識、PaanTooは重要無形文化財。

ミーヤは今一つ活用されていないように思う。デザイン的によろしいと思うが、宮古島市のウェブサイトにも登場していない。杉並区の”ナミー”のようであってほしいと感じる。

印象に残っているのは、博物館の受付程度。そこにぬいぐるみがあった。

Photo

宮古島まもるくんが著名になったのはごく最近だ。島内十数箇所設置されているようだが、お宝探し的要素+違いを見つけるマニアな視点がミソだろう。

Photo_2 この写真、暴風の中で撮影した。後のサトウキビの葉先はちりぢりになっている。しかし、まもるくんは、朴訥とした表情で、微動だにせず、交通の安全を見守り続けているのだ。

そして、PaanToo、これは巨大なテーマになりうる。

僕的には、「自然界の命の源が具現化した仮面来訪神」と理解している。一度写真でも見たら夢に出そう。それくらいのインパクトがある。

PaanTooについては、いずれ詳しく書くつもり。

宮古島紀行 その3 与那覇前浜ビーチ

いきなりディープにせず、無難なところから入ってみよう。宮古島の南西の海岸にある与那覇前浜ビーチだ。

この透明感のある心地よい青の海、サンゴ由来のサクサクの白砂、これが先島地域らしさ。太陽はさんさん、真夏のビーチはこんな具合。

Photo

申し遅れたが、ツタージャ(ポケモンの一種)も連れてきた。このポケモンは植物系で、光合成もするのでさぞかしご満悦だろう。

このあたり、宮古島の中でも特段の高級リゾート地である。つまり、それなりのホテルもあるし、ビーチの設備も整っている。

写真、海の向こうに陸地があるが、これは来間島(クリマジマ)。本島から橋が通じている。自動車で走りぬけると、海の上を飛んでいるような気分だ。

ところで宮古島語をご紹介させていただきたい。

太陽さんさん、これを宮古島語に翻訳すると、

Thida,kan kan.(ティダ カンカン)となる。

thidaこれが太陽なのだが、Ma-thidaって表現もある。Maとは真。これは、雲ひとつない青空の太陽のイメージなのだろうか。

マティダは、宮古島の市民ホールの名でもあるが、とにかく、ここの太陽にはパワーがある。緯度も低いしね。

来たばかりのNaicha(内地人)は日焼け止めをお忘れなく(ご同伴のツタージャには不要です)。

共生社会について

社会とは、当然、共に生きることによって成り立つ。でも、わざわざ、”共生社会”なんて不自然な造語を使いたがる人たちもいる。本当の”共生”を知らないのだ。

共生とは、もともと生物学の概念だ。

たとえば、イソギンチャクとクマノミの共生は、南の海の定番。宮古島では、足の立つ浅瀬でも見ることができた。

この場合、うちの娘に、「イソギンチャクさんとクマノミさんは仲良しだねー」とかお話してもいいが、イソギンチャクの危険度を教える方が優先事項。ある意味、これは恐ろしい光景である。

大型種のイソギンチャクの触手は、通常の小魚にとって致命的であるが、クマノミは特別な生理的仕組みによって、殺傷、捕食を免れている、と表現すれば正確だろう。

共生といっても、異なる種の共存として、利害の割り振りはいろいろある。たとえば寄生も共生の一つの形。寄生された側にとって、それは害を被るだけの関係になる。

明らかにクマノミは、イソギンチャクによって、捕食者から守られているけれど、イソギンチャクの利益はよく分からない。もし害も益もないとすれば、片利の共生関係と表現されよう。

もし相互に利益のある関係なら、お互いなくてはならないわけだ。生物の世界なら生存がかかっている。愛とか信頼の絆よりも、ある意味強固。

「嫌でもお互いを否定できない関係」といってもいい(そして平和が保たれる)。

共生という言葉には、本来、こういった抜き差しならないニュアンスがある。

これは、人間社会の平和、って課題を考える上で重要なことだと思う。多分、平和とは、心のあり方だけででもたらされるのではなく、むしろ、冷徹な社会の仕組みから実現できるものなのだろう。

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