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家の民俗学 その1 水田

通勤電車で見る光景のことだ。ここ東京の郊外では、乾いた田んぼ水が引かれ、初々しい稲が植えられるようになった。

ところが、なじみの田んぼの一部は、冬の間に家が建ってしまった。よくある建売住宅である。

日本の家の10%は、統計上空き家だそうだが、東京ではまだこうして家が建てられ続けている。これも住宅市場の合理的帰結といえば、確かにそうなのだろう。

これはあくまで一般論のつもりとしてだが、田んぼってものは地質的に故あって(水利と土壌)田んぼなのだ。だから、入居するとしたら、僕的には少し気分がよくない。まぁ、それなりに地盤も整備して家が建つはずなのだけど。

おまけをいえば、水木しげるの描く妖怪に泥田坊なんてものがいた。これ、田んぼをおろそかにした怨念が怖い精霊になったものなんだよね。

地鎮祭も、田んぼオプションが必要って、これは冗談。

季節柄、気持ちのよい田んぼの写真を載せる。これは、奥三河で撮ったもの。手植えだ。この微妙な曲線と人の足跡もいい感じ。

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