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民俗学への招待 市町村の文献を再発見する

どこの市町村でも、地域の歴史、史跡、民俗など、教育委員会などが主体となって、まさにローカルな情報の刊行物を公にしている。

こういった刊行物は、庁舎の隅っこの方で細々と販売されているが、なかなかのお宝があったりする。

民俗学といえば、いわずと知れた柳田國男の遠野物語。たしかにスゴイ記録なのだけれど、だから遠野がズバ抜けた民話の宝庫だったのかといえば、むしろ柳田國男の手腕によるところも大きいと思う。

最近見つけた資料がある。とある東北の村で編集されたものかといえば、いやいや東京都内、稲城市である。

里山と梨畑の残る都内では小さめの市だが、それなりの大規模開発だってされている。つまり東京のベッドタウンと考えればいい。

”稲城の民俗(二)”とある。新品なのに年季が入っている。これがまたそそられる?で、中身なのだが、土地の古老(明治、大正生まれ)の伝承レポート、キター!

出てる出てる、数々の伝承キャラクターたち。狐は主役級。これは関東の特徴だろう。狢(むじな)もいるが、狸との境界が微妙。

遠野物語でおなじみ、河童も登場。近くに多摩川やその支流があるので、水関連の妖怪ならやはりこいつである。ただし、その容貌にとりたてて言及なし。河に現れる童のイメージである。

小豆洗い、といえば水木しげるがキャラクター化しているが(ネタ元はどこなのだろう?)、これに相当する妖怪も伝えられている。こっちでは老婆の姿で現れ、小川で小豆をとぐわけだが、すると、小川の水が真っ赤に染まるという。人に何をするわけでもないが、なかなか怖い。

特筆すべきは狼。関東の山岳信仰の中で狼は特別な地位にある。たとえば、狼が狛犬の代わりを務めている神社もある。

つまり聖獣なのだが、ここの伝承ではかなり現実的だ。幼児が食べられる話等が記録されている。この身近さ。ここ、今では東京なんですけどね。話はかなり生生しい。

生生しいといえば、人柱。まさか明治期ではないだろうが、このあたりは治水が切実な課題であったと理解できる。

明治以前の庶民の生活世界はこんな感じなんだろうね。

また、今の私たちの生活リアリティって、どうしてこうなったのかとも考えてもよいだろう。

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