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2012年4月

民俗学への招待 市町村の文献を再発見する

どこの市町村でも、地域の歴史、史跡、民俗など、教育委員会などが主体となって、まさにローカルな情報の刊行物を公にしている。

こういった刊行物は、庁舎の隅っこの方で細々と販売されているが、なかなかのお宝があったりする。

民俗学といえば、いわずと知れた柳田國男の遠野物語。たしかにスゴイ記録なのだけれど、だから遠野がズバ抜けた民話の宝庫だったのかといえば、むしろ柳田國男の手腕によるところも大きいと思う。

最近見つけた資料がある。とある東北の村で編集されたものかといえば、いやいや東京都内、稲城市である。

里山と梨畑の残る都内では小さめの市だが、それなりの大規模開発だってされている。つまり東京のベッドタウンと考えればいい。

”稲城の民俗(二)”とある。新品なのに年季が入っている。これがまたそそられる?で、中身なのだが、土地の古老(明治、大正生まれ)の伝承レポート、キター!

出てる出てる、数々の伝承キャラクターたち。狐は主役級。これは関東の特徴だろう。狢(むじな)もいるが、狸との境界が微妙。

遠野物語でおなじみ、河童も登場。近くに多摩川やその支流があるので、水関連の妖怪ならやはりこいつである。ただし、その容貌にとりたてて言及なし。河に現れる童のイメージである。

小豆洗い、といえば水木しげるがキャラクター化しているが(ネタ元はどこなのだろう?)、これに相当する妖怪も伝えられている。こっちでは老婆の姿で現れ、小川で小豆をとぐわけだが、すると、小川の水が真っ赤に染まるという。人に何をするわけでもないが、なかなか怖い。

特筆すべきは狼。関東の山岳信仰の中で狼は特別な地位にある。たとえば、狼が狛犬の代わりを務めている神社もある。

つまり聖獣なのだが、ここの伝承ではかなり現実的だ。幼児が食べられる話等が記録されている。この身近さ。ここ、今では東京なんですけどね。話はかなり生生しい。

生生しいといえば、人柱。まさか明治期ではないだろうが、このあたりは治水が切実な課題であったと理解できる。

明治以前の庶民の生活世界はこんな感じなんだろうね。

また、今の私たちの生活リアリティって、どうしてこうなったのかとも考えてもよいだろう。

教養力の基礎について グローバル化っていうけれど

多くの大学が、学部の名前を付け替えたり、新設したり学生の獲得に苦労しているけど、学生の視線でこんな言葉もある。

Non scholae, sed vitae discimus.(ラテン語)

(訳)われわれは、学校のためでなく、人生のために学ぶのだ。

学費のことは分からないが、大昔の学生も気づいていたんだよね。

教養って大学レベルの話じゃなくて、小中そして高校だけでもなかなかのレベルのことを教えてくれていると思う。それはただのステップではなく、その気になれば!今に生かすことができる。

事例その1

僕の仕事先に、セールスの電話がかかってきた。とりあえず断ったけれど、造語っぽい社名に興味を引かれ、あとから調べてみた。

ウェブには、もっともらしく社名の由来が書いてある。けど、辞書で確認したところ”イカサマ師”って意味があった。

グローバル化のノリでカタカナ名の会社が増えているけれど、この会社を造った人は思いつきの社名を辞書で調べることもなしに、人生の一大決断したんだよね。少なくとも、将来は英語圏で事業は無理。というか、よりによって電話セールス、、

教訓

英語の語彙力も大切だけど(入試に使うが、どうせすぐ忘れる)、キチンと辞書を調べる習慣は後々もっと大切である。

事例その2

身近にあった話。ある女子大学生が、事件に巻き込まれた。名前を知ってさらに気の毒に思った。

一見、今風のカワイイ名前なのだけど、漢字のつながり的に、漢文(中国語)としてよく考えるとかなり不吉な意味だった。

教訓(事件はさておき)

高校の漢文を、古いことだからってバカにはできない。今に生かすことが大切。それは漢字文化のセンスに関わっている。

創作的な名前を子どもにつけてもいいけど、もう一歩考えてみよう。

以上の事例は、英語と漢字の問題。これって欧米と東アジアにまたがるまさにグローバルな課題でもあるが(大げさ?)、大学教育以前の教養問題である。

日本は、人口比で見ても世界でズバ抜けて大学数の多い国だろう。しかし、風潮として、こういったことが意外におろそかになっているのではないかな。

入学式の映像から、、嗚呼、東大が陥落した

キーワードはグローバル化?どっかの上場企業の入社式かと思った。いや、東大の入学式だ。

すごいな、恐るべき画一性に蔓延された新入生の服装。日本のグローバル化に向けた学徒出陣ですね、これはまさしく。

そもそも日本の大学って”グローバル化”推進装置であった。東大を例にとれば、幕府が創設した外国文献研究機関がその源流の一つ。21世紀にもなって、いまさらさも新たな課題のように持ち上げているなんて妙な話だ。

より基本に還れば、大学で扱う知的課題自体に普遍的妥当性が求められるわけで、大学とは、必然的にグローバルなものであるはず。

創発的知的探求の場である大学には、斬新なアイデアが相互に化学反応を起こすみたいな、いわば知の生態学的土壌が必要である。かつ、総合大学ならなおさらである。つまり、多様性こそが、知的創造の原動力なのだ、、

とか、原理主義に走らなくても、新入生のうちから無難な処世術的に、服装決めなくてもいいんじゃないかなぁ。そのくせ、頭の中では、大方は”自分らしさを生かすことが人生最大の課題”とか、信じているくせに。

芸大とかどうなのだろう。こっちはまだ”陥落”していないことを願う。

あと、(通俗的な)グローバル化に関していえば、文化無国籍人間が国際的に評価されるかといえば、そうではないだろう。だって気持ち悪いだろ。一種の顔なしだ。

注目すべきは、国学院大学。ゴリゴリというか建学の精神はこれ、

http://www.kokugakuin.ac.jp/guide/spirits.html

この大学では、だからといって、国際性を無視しているわけではなく、むしろ、だから世界に通用できる人材を育成できる、と考えているようだ。

ぼくは、この姿勢に共感する。

ラテン語の世界 その3 プリキュアはプルキュア?

例の美少女戦隊もの、プリキュアシリーズなんだけど、年度が替わってお話はスイートからスマイルになった。

ってわけで、親としてはまた新しいグッズを買わされることになる。

ところで、プリキュアは英語風造語のはず。prettyとcureの合成語?

prettyの原義は、ずるい(なんで?)と書いてある英語辞書もあるから、あてにはならないが、実際、ラテン語にpulchla(プルキュア)=美しい、って言葉もある。

ラテン語の面白いところは、多くのヨーロッパ系の言語の語源であるということだ。だからいろいろ余計な詮索もしてしまう。

作文の一例に挑戦してみよう。

美しい少女(Puella)がいる。Puella pulchla est. (プエラ プルキュア エスト)

プリキュアは複数なので、少女たちにすると、

Puellae pulchlae sunt. (プエラエ プルキュアエ スント)

こんな感じかな。

estとsuntは英語でいうbe動詞に相当するわけ。

ここで、フランス語を知ってる人は、気づくはず。

estは3人称単数でそのまんま。suntは、3人称複数か、フランス語のsont(ソン)に近いなぁ。

ここで見えてくるのはラテン系の言葉の世界。

小娘にフィドルを習わせる方法

フィドルと書いたが、うちの小娘の先生は、正統なバイオリンの先生である。3歳では曲も弾けないので、今は基礎練習の段階。

だから、困る。何でも遊びの年代だから、地味なお稽古なんてなかなかできない。とりあえず弾かせるために、僕が身体パフォーマンス、つまり振り付けを加えてみた。

アイリッシュ・ダンスには到底ならない。変な音を出せば、痙攣のパフォーマンス、そこそこの音なら暗黒舞踏。マトモな旋律なら優雅にステップ、程度とした。

これが、バカ受けした。止められない、止まらない。こっちもいい運動になる。

バイオリンとフィドルの奏法の違いなんてレベルの問題ではないが、振り付けを加える、これはフィドル的な発想だ。

アイリッシュにせよスコティッシュにせよ、フィドルの演奏はダンスを念頭に置いている。この基本を応用してみたらうまくいったわけ。

僕のフルートに合せてくれるとか、アイリッシュを踊らせてくれるとかずっと先の話だが、まずはこのあたりから。

真鶴半島紀行

伊豆半島の東、湯河原温泉郷に連なる小さな半島である。古来、日本では、こういった岬が神聖視されてきたが、ここも例外ではない。

半島の付け根にある神社、貴船神社というがここの例祭は「日本三船祭り」のひとつという。

海と人の営みを考える場所、といってもいい。この半島の森は、少なくとも江戸時代から保護されてきたが、森の保護が豊かな漁場の維持に関係する、と考えられていたからだ。これは、古代から伝わるエコ思想に違いない。

だから、この半島の森には、ほぼ原生林の趣が保たれている場所がある。遊歩道も整備されているが、圧巻だ。人の寿命をはるかに超える巨木たち、樹種もさまざまで一本一本に個性が感じられる。僕的には、トールキンが描いた木の精霊たちエント、このイメージが喚起されてしまう。

半島の先端には、聖なる岩礁、三ツ石がある。そしてずっとその先には、伊豆七島が飛び石のように連なっている。と、考えると、さらにスケールは広がって楽しい。

Photo

この半島には、源頼朝の伝承も伝わっている。最初の挙兵(石橋山の合戦)に敗れた頼朝が身を隠したと伝わる”ししどの巌(いわや)”だ。同名の岩穴が湯河原にも伝わっている。

史実は分からない。しかし、少なくとも、この地域の海の民が彼の支援勢力であったことを意味するのだろう。

以下、俗に観光情報。

穴場的にお奨め。但し温泉宿はないと思う(温泉なら隣の湯河原)。ここはやはり海鮮料理だ。豪快なオーシャンビューの宿もある。対岸の夜景も綺麗。

遊覧船もいい。オプション的にカモメと鳶の大群にエサをばらまくのも楽しい(カッパえびせん50円、乗船時に買うべし、窓口販売中)。

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