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常動行動の意味 統合失調、舞踏、スーフィー

「踊りおじさんがいた!」とうちの娘がいう。近所にいる60代くらいの人なのだが、おそらく統合失調症の方なのだろう。

コンビニの前で缶入りのコーラを、独特の儀式的しぐさを加えて飲んでいる。これがいつもの日課らしい。また、特定の駐車場では、足蹴りのしぐさを交えて延々と同じ軌道を飛び跳ねてもいる。独り言はなく、人と話ている姿はみたことがない。完全に自閉、完結した世界にいるように見える。

しかし、内面的には疾風怒涛の状態ということも十分ありうるだろう。同じ動作の繰り返しは、興奮を鎮める必死の作業と解釈できるし、(経験上は)悪意に満ち、脅威を感じる世界と向き合う本人なりの形とも考えられる。

そのように考えれば、それなりの了解も可能だ。

健常者といえる人でも、緊張場面などではその人独自のしぐさが現れることがまれではない。こうして、観察力の鋭い人が、特定の人が嘘をついていることを見破ることがある。

不安や緊張を感じる場面自体好ましい状況とはいえないとしても、お決まりの動作で気持ちを鎮めるとか、考えを整理する習慣自体悪いことではなかろう。

もう少し積極的に考えると、そういった動作を自己開発してもいいんじゃないか、とも思える。緊張軽減を超えて、自己表現の手段ともして。

僕はいわゆる「暗黒舞踏」のトレーニングを少し受けたことがある。身体から沸き起こる波動みたいなものを、表に表出するプロセスを先生は教えてくれた。

頭が固すぎるせいか、なかなかそうはいかないけれども、日ごろ身体感覚への配慮をしていない、とは感じることができた。

本当にできたとして、芸術的にいえば、魂の根源から湧き上がる力の表出とか、なんてね。ほんとにできたらさぞかし気持ちがいいだろう(しかし、場所をかんがえよう)。

また、踊りが宗教的な恍惚感を高める手段になっている場合もある。スーフィー(イスラム教神秘主義)のダンスとか。

エジプトで見た人によると、常動的、つまり繰り返しが多いらしい。

話の成り行き上、スーフィー体験の参考文献として、

ラスト・バリア スーフィーの教え ルシャッド T. フィールド 角川書店

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