« 映画スイートプリキュア 批評その1 ハープの活用 | トップページ | 経営者と教養について その2 大王製紙事件 »

映画スイートプリキュア批評 その2 世界観

この話、アフロディテ、ミューズなどギリシア神話的ネーミングがところどころ散見されているが、世界観もまたギリシア的である。

この場合、ギリシアとはプラトン主義のこと。音楽って審美的な題材が基礎にあるが、これってイデアな問題だ。

つまり、こっちの現実世界とは別に音楽の世界があって、音楽の源はそこにあるという設定がある。で、この映画では、そのイデア的な世界に不都合が発生したので、をプリキュアたちが救いにいくって話。

その媒介者となるのは、第4のプリキュアであるアコちゃんである。この子、本来こっちの世界の住人ではない。

あっちの世界とこっちの世界を媒介するもの、エリウゲナ的にいえば、天使。天使的イメージもこの作品には明確に活用されている。

あっちの世界とこっちの世界の交流というか、流れに注目すると、それは新プラトン主義の主題(相当にアバウトに)だ。つまり、この映画の世界観はこれである。

本来、哲学ってものは、汎用性と時代を超えた影響力を発揮できるもの。子ども向けアニメにだって使える。

プラトンなんかは、神話的記述のイメージを多用しているから、ぶっ飛んだお話には実に使える(と思う)。とはいえ、プリキュアの作者がプラトンの愛読者とは思わないけれど、間接的に影響を受けているのではないかな。

まぁ、一般の鑑賞する側にとっては、どうでもいいことだけれど、創造的な仕事をするなら、こういった古典に触れてみることはお奨め。

« 映画スイートプリキュア 批評その1 ハープの活用 | トップページ | 経営者と教養について その2 大王製紙事件 »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 映画スイートプリキュア批評 その2 世界観:

« 映画スイートプリキュア 批評その1 ハープの活用 | トップページ | 経営者と教養について その2 大王製紙事件 »