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高尾山紀行 その5 旧街道を行く そして小仏へ

この道は、かつて甲州に抜ける道として重要であった。今は、清流に沿った山里である。この地域の一部は、高尾梅郷とも呼ばれている。

手っ取り早く高尾山口駅から登るのもよい。それがこのスーパー観光地を楽しむ正攻法。しかし、高尾山には裏道があって、こっちの鄙びた風情もお奨め。

高尾駅発小仏行きのバス路線にもなっているが、高尾駅から歩いて損はないと思う。

駅から現在の甲州街道(国道20号線)に入る。この地域の名物、酒饅頭屋などある。湧き水が豊富なので、豆腐屋の豆腐も一味違うだろう。すでに旅情を感じることができる。

そのまま甲州街道を進めば高尾山口駅。これでは意味がないので、中央線の鉄橋を過ぎたあたりで、右に折れ、本来の旧街道に入ることができる。この道は高尾山の北側を通っている。

すると、旧関所跡がある。これが歴史の道に入った証拠。景観も次第に山里になっていく。古い家の造りをみるもの楽しい。かやぶき屋根までは期待できないが、それなりの庭をしつらえ、日当たりのよい縁側を備えた家が多い。いい文化残してますね。

道路脇、用水路の豊富な水音も聞こえる。左手には小仏川。清楚な清流である。ひたすらまっすぐ進めば小仏峠。かつて、相模から関東に入るための難所であった場所。

往時は軍勢だって行き交った。その最後は、近藤勇の甲陽鎮撫隊。彼らは峠の山道を大砲を引っ張って甲府に向かった(砲弾もあるはず!)。

結果、敗走。落ち延びる隊士たちは、この峠を越えたとき、どれほど安堵したことか。ちなみにこの街道筋、名だたる佐幕派、八王子千人同心の勢力が強かった。今でもその末裔を誇る人たちがいるようだ。

小仏峠まで行かず、素直に高尾山に登るなら、その途中で左折しなければならない。第一のポイントは蛇滝口。第二は日影。蛇滝口は滝行を行う修行場に直通している。そこは、本来の高尾山の姿を残している、スピリチュアルなポイントでもある。

日影って、地名だが、そういう場所だからだ。蛇滝口も山の北側だからあまり日が当たらないが、こちらはさらに暗いというか、まさに日影の森林を歩く道で、山頂に行くには蛇滝口より遠回りになるが、勾配は緩め。

これら、山陰で晩秋から冬は陰気な場所かも知れないが、あの怒涛の人ごみを避けて、山を楽しむことはできるだろう。当然、夏は涼しい。

この街道、さらにマニアックに行くなら、高尾山ではなく、巨大な史跡、八王子城を目指すコースもある。この旧街道を右に曲がり、中央線を渡る道だ。かなり分かりにくいが、探検的な面白さがある。

紀行文だからお土産も書いておこう。このコース、日影のあたりに鱒釣り場がある(手ぶらOK)。養殖された鱒だが、まぎれもなく高尾の水で育った鱒だ。すぐその場でさばいてくれるのでありがたい。

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