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経営者と教養について その2 大王製紙事件

例の方、子ども時代の逸話などからすると、生来、知能が高そうだ。また経営者としての実務能力も相当なものだと思う。ただ、教養水準は疑問である。もちろん一般の平均値よりも高いだろうが、身分相応的に期待されるレベルとして。

こういったタイプの人、メンタリティに大きな断層がある人とも表現できるかも知れない。かのオーム真理教の幹部たち、彼らのメンタリティにも近い雰囲気がある。

で、例の方の破滅のプロセスなのだが、投資の大失敗、ギャンブルで大当たり、札束を投げまくるようなギャンブルへの暴走、、、。こんな具合のようだ。んー、投資とギャンブルって似ているようで質はかなり異なると思うのだが。

偶発的大当たり(ギャンブルならすべて偶発であるが)が、見える世界を変えてしまった観がある。

こういったエピソードは古来事欠かない。だから、警告する言葉も数多く残されているだろう。古典の中に少なくとも一つ見つけたのでご紹介したい。

キケロ「友情について」の一部(逸身喜一郎著 ラテン語のはなし 通読できるラテン語文法 大修館書店の訳文から)

”幸運の女神は、自らが盲目であるだけでなく、女神が抱きしめた人をも盲目にしてしまう”

これ、怖いでしょ。だからこそ心に留め置くべき。

原文ならもっと格調高いが、すべて原文で覚えるのも大変なので、一部を覚えておくのもお勧め。

Fortuna caeca est.フォツナ カエカ エスト

(幸運の女神は盲目である)

これだけでも、深い意味を読み取れるだろう。

幸運は相手を選んだりしない。

思わぬ!いいことあったら、浮かれる前に、この言葉を唱えよう。

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