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権利と倫理、そしてM.サンデル

今の日本の社会で、権利意識の高い人が増えているかどうか、その裏づけはどのようなデータによるのか、それなりに実証的に考えてみる必要があるだろう。

少なくともクレーマーと呼ばれる人たちが、たとえば学校運営などに影響を及ぼしている実感はある。

自由主義(リベラリズム)が真っ先に標榜されているのなら、まず自由が大前提、自由の規制は例外的なものだ。また、当然の帰結として、権利の主張は各自それぞれの論拠で(価値観も自由だから)、バンバンやってよろしいとなる。

ところで、権利は、英語でRight。ところが、Rightには「正しい」という意味もある。つまり、倫理性なのだけれど、もっと平たくいえば道徳性に近い。

そうすると、権利としてのRightとは、必ずしも整合しない。社会生活を営む人として、従うべき価値の基準がある、と考えれば価値観まで自由にはならない。

はるか、古代ギリシャの街角で、明けても暮れても、対話を通じ、人の従うべき価値基準を論じている人がいた。これが、プラトンの描くソクラテス。

M.サンデルの討論法、その思想は、この直系といえるだろう。彼の著書、「これから正義の話をしよう」の原題は、「Justice:What’s the Right Thing to Do?」である。このRightは、当然、後者の意味である。

いわゆるグローバリズムが世界規模で経済的自由を拡大して、リーマンショックをしでかし、世の中先の見えない混沌となった。

おまけに、日本では、大震災。しかし反面、この大震災は、共同体の倫理を認識する機会にもなった。

こんな、時代の転換点には、M.サンデルを読むことには意義がありそう。

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