« ポケモンを観にいく話 「黒き英雄ゼクロム」 | トップページ | 日日是好日 困難に向き合う言葉として »

禅と子育て、イクメンは修行である

うちの娘は、オムツ外れ一歩前だが、昨夜は久しぶりにウンチによるオムツ交換を実施した。ほとんど、懐かしい作務である。娘もいつになく、神妙、、。

今、作務と表現してみた。作務とは、禅的な言葉だ。なぜって、禅では日常生活に伴う諸般の雑務を修行の一環として考えている。

禅といえば、道元。この人、教科書的にはひたすら座禅をすることを薦めたとされているが、一方では、日々の生活すべてが禅であるとも言っている(行住坐臥)。つまり、あたり前の日常をまっとうすること自体、正しい”道”というわけだ。

残念ながら、道元が子育ての作法を語っている形跡はないと思う。けど、これほどヒューマンな日常作業が、修行の対象にできないわけはないだろう。

ある意味、子育ては苦役である。新生児なら、夜昼かまわずオムツ替えやら、ミルクの調合なんかで忙殺される。明日は仕事だ勘弁してくれって感じ。

でも、人が人を育てることは、本当に人間の基本的な行為だといっていい。親としても、初めて親になったのならなおさら、人としての成長の機会にもなりうる。つまり、修行である。

昨今の風潮によれば、終身雇用に期待するなど、時代遅れで、一生仕事のスキルを高めましょうって、それはそれでいいけど、産業に期待された労働生産性の向上、だけが人間生活のすべてではない。

かの、道元。エリート修行僧だったから、海外留学もできたわけだが、そこで大きな転機を経験している。

それは、食事係の老僧との出会いだ。若い道元にとっては、スゴイ教理とか、カッコイイ座禅修行にあこがれていただろうけど、この老僧との出会いから、男のクッキングも崇高な修行になりうると悟った。そして、やがて本当に悟ったとされる。

ぼくは、この逸話が大好きである。

« ポケモンを観にいく話 「黒き英雄ゼクロム」 | トップページ | 日日是好日 困難に向き合う言葉として »

スピリチュアル」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/448947/41551838

この記事へのトラックバック一覧です: 禅と子育て、イクメンは修行である:

« ポケモンを観にいく話 「黒き英雄ゼクロム」 | トップページ | 日日是好日 困難に向き合う言葉として »