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お盆の社会学

そろそろお盆の期間も終わる。首都圏在住の人たちが、恐ろしい渋滞の中で帰ってくる。その多くは、郷里から還る人たちだ。

東京で家を買った人もいるだろう。HOUSEは家だが、しょせん物だ。大金をはたくとか、おぞましい契約(住宅ローン)でお金を調達すれば誰でも所有者になることができる。つまり、経済と法律問題。

けど、HOMEはもっと精神的なものだ。家族の団らんとか、安心していられる、素のままの自分が受け入れられる場所ってニュアンスがある。だから金があればいいってものじゃなくて、精神的に維持されなければHOMEであり続けることはできない。

都会に、HOMEがあっても、お盆になると郷里に還るひとたちは多い。都会では、偉そうな公的肩書きを持った人も、ここでは、子ども時代の呼び名で呼ばれる。つまり、歴史的コミュニティの中で自分が再確認される場所である。人によっては、何々家の誰々って立場で、伝統的な儀礼に参加しなくてはならなかったりする。

ある意味、伝統的なしがらみにどっぷり漬かる場所でもあるから、いろいろ面倒くさいこともある。でも、HOMEに加え、郷里もあるなら、より文化的な深みに根ざすことになる。

加えて、スゴイことに、お盆という文化は、祖霊、つまりもはやこの世のものではない縁者たちとの交流の場である。これって、まさに”前近代的”な制度だが、だからこそ、精神的な補完作用があるのだろうね。

どういうことかといえば、近代的な社会制度は、自立した個人、自己責任、権利と義務の両建てとか、つまり、むき出しの個人が主役なのだが、これを真に受けて生きていくことは、結構しんどいことだと思う。また、いわゆる無縁社会とか、近代化の副作用みたいなものだ。

なんとなく、分かった気になるお盆だけれど、少し社会学的に考えてみた。さらに、個別の儀礼に踏み込むなら、民俗学の領域になる。多分、そこには、日本的にスピリチュアルなものが、発見できるだろう。

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