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2011年8月

ポケモンを観にいく話 「黒き英雄ゼクロム」

(ネタばれ注意)ポケモンに凝りだしたうちの娘と、映画版を観にいった。僕はポケモン初心者であるが、感想を少し書く。

さすが、劇場版だけあって、迫力あるし、話もデカイ。理想と真実(プラトン主義か?)、それぞれを求める対立が(どういう脈絡なのだろう?)、1000年前に理想の王国を滅ぼした。

しかし、失われた安住の地を再興しようとする者が現れ、強大な太古のポケモン(レシラム)の力を使い実現しようとするが、かえって世界は大混乱。そこで、サトシは、もう一体の太古のポケモン(ゼクロム)を呼び出し、混乱を沈めましたって話。その混乱とは、なんと風水ネタである(王城の適切な位置)。

個々のエピソードのディティールはすばらしいが、全体的なテーマ性、文脈は釈然としない。対になったもう一つ「白き英雄レシラム」も観ないとダメなのか?

解釈的にいえば、ポケモンの世界って、絶対悪がいない。ポケモンたちは、激しくバトルするけれど、基本的には競技の範疇も問題だ。競技を通じて人もポケモンも成長できればいいじゃないか。

悪を殲滅しまくるうちに、どっちが善だか悪だか、ってことは現実世界の問題でもある。その意味、ポケモンは、良識的なのかも知れない。この映画もこの基本には忠実である。

だから、ゼクロムもレシラムも対立ではなく、相補的であってこそこの世に貢献できるってこと。そして過去の対立が正された。で、ビクティニは何だったか?それは、両者を媒介する立場かな。

なんて、必要以上に小難しく考える必要もないけどね。うちの娘みたいに、お気に入りのポケモンの活躍シーンを楽しみにしてるだけでもいい。

余談、僕は、ツタージャのファンである。この映画では、進化形を除き出番なし。残念。

登山とスピリチュアル 高尾山エピソード

まだ夏なので、もう少し夏物を書いてみよう。テーマは登山。忘れてはいけない。日本は、先進国の中で、(多分)最も登山が身近にできる国なのだ。登山には、近代的な登山もあれば、伝統的な登山もある。

東京のスーパー観光地。ミシュランのお墨付きの高尾山に登ったら登山か?ケーブルカーとか使って、ビアガーデンで楽しんだら、該当しないだろうけど、ここは特別な山ではある。

なぜって、本来、修験道の聖地だから。あるとき、高尾山の裏ルート(蛇滝コース)から登ったことがある。中腹を越えると、何やら、女性の絶叫が聞こえた、、って、これは事件ではない。よく聞くと、それは般若心経であった!

つまり、滝に打たれて修行中の人だった。高尾山は、スーパー観光地なのだけれど、こういった本来の営みも続けられている。

いわゆる(本格的な)登山は、西洋の文化である。明治以降に導入されたものだ。モダンな文化といってもいい。

山とは、山にもよるが、本来神聖なもので、わざわざ行く奴なんてカタギではなかった。修行僧とか、修験者とか、あっちの世界の人たちの世界と認識されていた。これは、民俗学の見地である。

かの、源義経も、山の中で預けられて(剣術指南は天狗とされる)日本史上のヒーローになれたし、空海だってその筋の勢力が背後にあったとされる。

さらに、高尾山エピソード。あるとき、夕暮れ近く。下山途中の山道(琵琶滝コース)で、ハイヒール履き、ワンピース姿のファッショナブルな女性(大丈夫か!)に道を尋ねられた。

山の中にいれば「山ガール」というわけではない(実感、、)。いわく、「これからお祓いをしてもらいに行きます、お寺はこっちの道でしょうか」。

「もうすぐ日が暮れますから、後日の方がいいかと、、云々」。合理的な説得を試みたが、行ってしまった。

お祓いって、、改めて、普通の山ではないことを実感。

お盆の社会学

そろそろお盆の期間も終わる。首都圏在住の人たちが、恐ろしい渋滞の中で帰ってくる。その多くは、郷里から還る人たちだ。

東京で家を買った人もいるだろう。HOUSEは家だが、しょせん物だ。大金をはたくとか、おぞましい契約(住宅ローン)でお金を調達すれば誰でも所有者になることができる。つまり、経済と法律問題。

けど、HOMEはもっと精神的なものだ。家族の団らんとか、安心していられる、素のままの自分が受け入れられる場所ってニュアンスがある。だから金があればいいってものじゃなくて、精神的に維持されなければHOMEであり続けることはできない。

都会に、HOMEがあっても、お盆になると郷里に還るひとたちは多い。都会では、偉そうな公的肩書きを持った人も、ここでは、子ども時代の呼び名で呼ばれる。つまり、歴史的コミュニティの中で自分が再確認される場所である。人によっては、何々家の誰々って立場で、伝統的な儀礼に参加しなくてはならなかったりする。

ある意味、伝統的なしがらみにどっぷり漬かる場所でもあるから、いろいろ面倒くさいこともある。でも、HOMEに加え、郷里もあるなら、より文化的な深みに根ざすことになる。

加えて、スゴイことに、お盆という文化は、祖霊、つまりもはやこの世のものではない縁者たちとの交流の場である。これって、まさに”前近代的”な制度だが、だからこそ、精神的な補完作用があるのだろうね。

どういうことかといえば、近代的な社会制度は、自立した個人、自己責任、権利と義務の両建てとか、つまり、むき出しの個人が主役なのだが、これを真に受けて生きていくことは、結構しんどいことだと思う。また、いわゆる無縁社会とか、近代化の副作用みたいなものだ。

なんとなく、分かった気になるお盆だけれど、少し社会学的に考えてみた。さらに、個別の儀礼に踏み込むなら、民俗学の領域になる。多分、そこには、日本的にスピリチュアルなものが、発見できるだろう。

お盆と祖霊信仰

世の中、旧盆モード突入につき、少し書いてみる。これほど社会的影響力のある行事であるにもかかわらず、なかなか説明しにくい行事ではないかな。

たとえば、外国人に説明するとして、非常に難しい。第一級の教養問題である。だって、クリスマスはイエス・キリストが生まれたお祝いです、、って感じに端的に説明できない。

これは仏教か?広い意味でそうだろう。けれど、仏教の数ある経典を探してみても、行事の成り立ちを説明できないからだ。この点は、オリジナルの仏教にさかのぼるほど、希薄になる。

日本のオリジナル仏教といえば、たとえば東大寺。ここには、墓さえない。つまり、祖先を祭ることさえ、本来は仏教の範疇ではない、といえる。

もともと土着の何かがあって、仏教的脚色を加えていった、と考える方が自然だ。宗教民俗学者の五来重は、これをズバリ祖霊信仰と呼んでいる。

それは、明確な輪郭をもたない、教義もはっきりしない宗教以前の何かなのだが、おそらくは有史以前から受け継がれてきたものだろう。

五来重によれば、道祖神も祖霊信仰の形態の一つとされている。そうすると、日本の文化のとても広大なビジョンが広がるよね。

さて、新盆という言葉がある。去年のお盆以降に亡くなった人たちを、新しい祖霊として特段の配慮で迎えるわけだ。

今年は、震災があって、とてもたくさんの人たちが亡くなった。突然の災害なのだから、生き延びた家族に伝えられなかった言葉がどれほどあるのか計り知れない。

供養の作法はともかくとして、伝えられなかったメッセージに、耳を傾ける気持ちがあれば、まさにお盆の本質に触れていることだろう。

「おかげさまで、なんとか、まだまだ至らないことは多いけれど、がんばってます」と応えることができるなら、これが最高の供養ではなかろうか。

僕自身、応えるべき人たちはたくさんいる。

奥多摩紀行 東京の秘境とは

奥多摩湖畔の、鄙びた温泉宿に一泊する機会があったので、メモ書きを残しておこう。ここまで来れば、ほんとに涼しい。桜の開花が都心より一月遅れといえば分かりやすい。けれど、軽井沢とか、清里など華やかな高原の避暑地の趣はない。

主な客層は、登山目当てか、釣りって感じだろう。いや、いわゆる”走り屋”にとっても絶好か。奥多摩周遊道路など、これほどそそられる(なぜか実感)ワインディング・ロードは東京には珍しい。

奥多摩湖の近辺、観光地としては、渋い。いわば、東京の秘境である。田舎ではある、が、日本の田舎と考えるには田んぼも畑もほとんどないので、いわゆる田舎のイメージとは異なっている。とにかく山が深いのだ。これらの山々から湧き出る水脈が、多摩川の源泉にもなっている。

とにかく、山が急峻すぎて、平地がない。いや、少しは開けた場所もあったが、今は湖底に沈んでいる。その上を、モダンな橋が架かる。

Okutama

奥多摩湖とは、東京都の水源の一つを確保するために、人工的に造られた湖である。だから、自然の景観としては、少し不自然なところもあると感じる。

東京の最高峰、海抜2017mの雲取山は奥多摩の山々の一つだ。設備の整った山小屋もある。僕は、いつか登ってみたいと思っている。

東京を極める方法?の一つは、この山の山頂に立つことだと思う。加えて、小笠原諸島。東京の最高地点に立って、はるかな南の島を思ってみるのも一興かも。

奥多摩の”首都”を考えると、青梅市が相当する。ここはユニークな街でお奨めである。電車で普通に行けるし、昭和をイメージした企画が独特のテイストをかもし出している。また機会があればレポートしてみたい。

アイルランド 極上の夏その6 静謐(せいひつ)な水辺

アイルランド北西部の県、メイヨー(Mayo)。辺境とはいえ、そこそこの街がある。Westportである。音楽ファンにとっては、かのマット・モロイのパブがあることで有名。

けど、宿泊は、日本版の観光ガイドに載っているような街をあえて外してみるのも一興だ。たとえば、よく似た名前の、ごく小さな街(いや村か?)Newport。地図上は、割と大きめ表記だが、メインストリート300mか。

心地よい水辺の街である。もしかして初めてかも知れない日本人観光客を、大いにもてなしてくれた。つまり、オヤジたちがギネスを徹底的におごってくれた。

グテングテンでベットに入り、早起きして水辺を歩いてみた。静かな河に、1892年と刻まれた橋を見た。通行人が、わざわざ、昔の鉄道の跡だと説明してくれる。

向こうになぞめいた白い邸宅が見える。この河は、ごくゆっくりと、歴史の流れのように、静かな入り江へと注いでいた。

Bridge

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