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伊豆紀行 その3 伝説のYH、いろり荘

伊豆は山もいい。天城山地の奥深さは魅力的である。

時に西暦1961年、この天城山地のふもとに開設されたユースホステルがあった。その名はいろり荘という。一方、社会では荒れる大学が問題となっていった。たぶん、「若者」って概念がはっきり意識されたのはこのころだろう。

おそらくピークは1970年代だ。この小さなYHに大量の若者が詰めかけ、YHのオーナ(いわゆるペアレント、ここではオヤジと呼ばれた)の先導のもとに明けても暮れても若者たちは山を歩いていたという。

当時、廊下まで人が寝ていた。2、3ヶ月泊まる者もいたそうだ。宿泊代、どうするの。「金なんかいい、好きなだけ山を歩け!」ってオヤジは言ってたそうだ。ほとんど、若者更生施設?修行道場?

ところが、このオヤジが亡くなってしまった。若者たちは、オヤジの遺影を抱え、山中をパレードした。新聞記事になった。

その後、おふくろさん、がこのYHを切り盛りしたが、僕が泊まったときは、すでにおばあちゃんであった。しかし、旅先の若者を見守り、躾けることが、YHの役目である、といった超原理主義者だったので、その筋では有名であった。

「この前、泊まった子は、布団の片付け方が横着だったので、叱り付けてやったよ」と、こんな具合。

最近も、布団の片付け方で叱られた人がいるそうだが、それは収監されたホリエモンである。こういった経験は、リセットに重要かもね。

僕は、ほめられてしまった。「あんた、今どき、明日、山へ行くんだって?後で教えておくれよ、今も山に若者がいるかどうか。」頑固おばあちゃんも少し感傷的に見えた。

これは、僕が泊まった20世紀の終わりごろの話。ネットで調べたら廃業は1999年である。かつての「若者」たちは、まだ恩義を感じているらしく、僕が泊まったときも、地域の物産が届いていた。こんな具合に日本各地から、いまだに物が届くのだそうだ。

火が絶えて久しいいろりの上には、大きな白黒写真が幾つか飾ってあった。これが、かつての「若者」たちか、、長髪、ベルボトムジーンズ、Tシャツ(絵柄が歴史的)。みんな一癖ありそうな青春の姿。

川端康成もそうだったけど、伊豆と青春、なんて歴史的テーマもアリかも。

最後に観光情報(古いが)。伊豆には地元民が使う地味な温泉施設がある。ここで紹介されたところもなかなか面白かった。ただ入る、虚飾なし。容赦なく熱い(河川の水量により変動あり)。

このHY、僕が泊まったときは、夢の痕跡状態。名物の風呂桶には一人で入った。風呂桶というか、大きな切株を加工したもの。ここは杉で名高い天城であった。

先月、車の運転をしながら、道路脇から建物を探した。見つけることができなかった。

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コメント

先日、TVで浄蓮の滝を見まして、周囲が全く変わってしまってる!!! いろり荘はもうないだろうなと・・・。 検索。
  
1969年頃、ヘルパーをしたことがあります。夕飯は、かやくご飯作ってました。
輝いていた青春の一ページ(^_-)-☆。

のばら様、書き込みありがとうございます。もしかしたらあの写真の中にいた方かも?ご縁のあった方のコメントはありがたいです。どうぞ「輝き」を大切にしてください。僕も、大切にします。YHでの体験は、今もいろいろと励みになっています。

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