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子どもとの対話 生と死そして震災

昨日、保育園での散歩のエピソード。うちの娘は、公園でテントウムシの死骸を見つけた。そこで、しみじみとつぶやいたそうだ。「地震で死んじゃったんだね。」

これには、保育園の先生も驚いたそうだ。地震はさておき、3歳児ともなると、死の観念が芽生えてくる。これは、個人の精神史上、大きなエポックだとおもう。

今日の朝、子ども番組で、またまたテントウムシ。その誕生シーンを観た。「赤ちゃんが生まれたよ!」と喜ぶ。成虫が登場すると、「ママかなぁ?」

登園途中、保育園の入り口で、プランターの植物の中から毎朝なじみのテントウムシの幼虫を探した。ところが様子が変である。「どうしちゃったの、、。」

僕は、さなぎになったことを説明した。「大きくなるための一休みだよー。」

これで、命の一回りのステージが認識されたわけだ。やがて、自分自身への類推が始まるだろう。

僕は、あの震災のとき、廃墟みたいな病院で生まれた子どもたちの記事を思い出した。

もう一度、「あの子たちに幸あれ」と願った。

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