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非婚の時代と動物行動学、脳科学

暖かくなってきた。野辺を歩いて通勤駅に向かう途中、そこかしこで小鳥がりりしく鳴き誇っている様子を確認した。繁殖期を迎えた雄鳥たちの声である。

つまり、自分の縄張りを宣言し、雌鳥を誘う婚活の最中なのである。めでたくパートナーが決定すると、超多忙だが、短期集中の夫婦協働の子育てが始まる。

以下、極端な切り口で進めてみよう、、あくまで一つの観点である。

ヒトの場合、これほど明確な繁殖期はない。バレンタインデーとかあるが、年中、各自勝手にやっていられるはず。これを制限する公的制度は、民法上の婚姻年齢制限程度。むしろ、余計な規制は、自然法?に反するといえよう。それは生物としての繁殖権の侵害だ。この権利?ヒトどころか生物レベルなのだから、ある意味、基本的人権よりも重要である。

しかし、暗黙の規制は、事実上ある。たとえば、平日は過酷な労働条件の下で働かされ、休日があっても、すでにあらゆる活力が奪われているような場合だ。そのうち、メンタル的にも破壊されていくことが多い。

立派な若者(もう少し高齢も含まれる)ほど、このような境遇に遭っているのでは。

ほんとに、あちこち、こんな例が多い。とても婚活どころではない。もし、「勤勉な日本人」としてこれを礼賛する者がいたら、日本人の絶滅計画に加担しているといってよいだろう。

この状況を、生物的に表現するなら、家畜化であろう。人文学的には、奴隷状態。

世界史的理念からすると、人間は解放されてきたとされている。フランス革命から始まった自由と平等の思想が、アメリカの奴隷解放にもつながり、日本では封建体制が倒され、文明開化しましたよってこと。

確かに、法制度上は、この過程をはっきりたどるとこができる。私的自治の拡大といってもいい。

けれど、水面下では、公の自由の名の陰で、人をいかにコントロールし、徹底的に働かせるかについて、精緻な仕組みが発達しているように思われる。

社会の進歩、テクノロジーの進歩、そういった進歩とは裏腹に、我々の生物的基盤は種としてのヒトである限り全く変化していない。この乖離はもっと注目してもいいだろう。

いわゆる脳科学的トレーニングとは、この乖離を埋めるための、気休めの処方箋だと思う。それとも、生産性向上の方策だろうか。

ともかく、現役世代は、経済活動として労働を続ける必要があるわけだが、この時期の小鳥の声は、それがすべてではない、と教えてくれている。

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