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2011年3月

アイルランドのお奨め民宿(B&B)ATLANTIC VIEW

このご時勢、海外旅行の話は気が引けるが、震災発生にあたって、日本の惨状を憂慮し、いち早く私に安否を尋ねてくれたアイルランドの民宿があるので、ご紹介したい。

ウェブはここ、

http://www.atlantic-view.com/index.html

ATLANTIC VIEW 、この民宿は、アイルランドで最も風光明媚な地域の一つ、コネマラ(Connemara)の中心クリフデン(Clifden)の街の高台に位置している。

私は、初めての海外旅行(アイルランド)の時から、たびたびここにお世話になり、厚遇を得ている。

この民宿の魅力は、その立地条件、おかみさんの気さくな人柄のほか、地域の伝統音楽家と関係が深いことだ。彼女の家系は地域の音楽家を輩出しており、演奏活動のため日本にも来日した者もいるほど。また、私は、彼女の父から音楽の指導を受けたこともある。

アイルランド西部の観光、音楽に関心のある方なら特にお奨めしたいと思う。

大震災とIrish Times の記事

海外での、日本の震災報道について、アイルランドの新聞、Irish Times はとても共感的なものの一つ。震災直後の報道では、再会を喜び、抱き合うカップル(薬指の指輪をしっかり捉えている)の写真なども報じていた。

ざっと印象をいえば、ウェブ上の写真を見ても人情味のあるものが多いように感じる。遺体の写真を多く載せているような海外報道機関とは対照的だ。

26日の記事では、こんな表題もあった(下記英文)。この表題に続き、避難誘導を続けながら、津波に飲まれていった南三陸町職員の例などが紹介されている。

Immense heroism of ordinary people offers ray of hope in stricken Japan.

(訳)普通の人々の、計り知れない(数々の)英雄的行為が、打ちのめされた日本に希望の光をもたらしている。

これ、すごくありませんか?東京など、やっと生活物資の買占めが収まりつつありますが、実に恥ずかしい。少なくともアイルランドでは、(日本は、)庶民まで英雄の国と報道されました。

買い占めるなら、株式くらいにしましょう。まだ、間に合うかも。

震災直後、日本の株式は暴落したけれど、下落に急ブレーキがかかった。海外から怒涛の買いが入ったそうだ。もちろん、短期的で投機的な意味もある。しかし、長期的な展望に立った買いも多いらしい。

なぜって、Immense heroism を発揮できる国からですよ。震災後、人的インフラの強力さが改めて認識された面もある(ただし、政府はあまり評価されていない様子)。ある意味、義理や同情抜きで純粋に損得に根ざした評価は、とても正直な評価といえる。

話を戻すと、アイルランドは、もともと親日的であるばかりでなく、他国のこういった苦難に敏感な国のようだ。それは、アイルランド史がそうだからだろう。

もう少し深くみると、特に東北とアイルランドは一致する点が多い。この点、別な機会に少し書いてみようと思う。

神々(こうごう)しい人たちとM.エックハルトの言葉

よりによってこんな時期、事前の予定によりうちの娘が手術を受けた。余震の続くなか、国内最大の小児科病院でしばらく付き添いを続けた。

全身麻酔が切れたらもうたいへんだ。制止を振り切り、点滴を引っこ抜き、血まみれ状態。これにはまいった。点滴には痛み止めも含まれているのだから、自業自得となる。結果、夜中まで泣き喚くことになった(服薬まで抵抗)。

しかし、この病院にはふさわしくないほど元気な患者ではある。壮絶な闘病生活を続ける子どもたちを見た。ずっと機械に固定された赤ん坊だっている。泣き叫ぶ元気があるなどありがたい。舌下の大きめの腫瘍(良性)を切除したのだからさぞかし痛いだろうけど。

重い症状の子どもたちがひたすら今を耐えている。かわいそうとかそんな次元、つまり大人が上から見るようなものではなく、むしろ崇高さを感じさせてくれた。

明日のことは分からないが、ただ今を生きるということ、この子どもたちにはこれが崇高な責務なのだ、と思った。

大震災があった、いや、まだ継続中というべきだろう。廃墟のような病院で子どもを産んだ母親がいた。消防士たちは、津波に向かって急行していった。今も、放射線に焼かれながら作業をしている人たちがいる。冷たい浜辺で、瓦礫を掻き分け家族を探している人たちもいる。

あの日、あの時、うちの娘は保育士の先生にとりすがっていたそうだ。幸いうちの娘の保育園に被害はなかった。しかし、東北では、そのまま津波に飲み込まれた保育園もあったに違いない。その時、保育士の先生たちは、立派にできるだけの責務を最後まで果たしたに違いない。

なすべきことを受け入れ、正しく全うしようとする人たちの姿は、とても神々しいと思う。

M.エックハルトの言葉を思い出した。

エックハルトとは、中世ドイツの偉大な神秘家であり、かつ教会からは宗教上、最も危険な思想の持ち主とされていた。

エックハルトいわく、「神は貴方より、貴方の近くにいる」

(確かにあぶない人ではある)

非常に神秘的で、直感的な言葉だが、感覚的な意味で、この時期だから、わかる。この言葉、いつでも神様は貴方とともにある、ってメッセージを独特なレトリックで強調したものでもあるが、もう一つ深い神秘的な意味もある。

それは、誰もが、尊いものを宿していて、それは薄っぺらな自我なんてものより、本質的なものである、と解釈できるだろう。この思想は、崇高な行いをした人々を最大限讃えるものでもあるし、誰でもその素質を持ち合わせていると説いている。

事実、今回の未曾有の災害に対し、多くの人たちが、その身をもってこれを示してくれた。

保育園でアイリッシュ・ダンス

「あの、ぐるぐるお願いします」って保育園の先生がいう。何のことかというと、うちの娘を預ける際、アイリッシュ・ダンスの技の一つ”スウィング”をしてやってるからだ。

先日は、これをしないで仕事に向かったところ、あとでぐずったそうだ。だから今日は忘れずに実施。

ついでに、お友達一人にもお願いし、速攻、うちの娘と2人でスウィングする仕方を指導した。「手はこうで、あっちの方をむいて、ぐるぐるぐる、、、」こんな感じ。保育園で広まってくれたらうれしい。

アイリッシュ・ダンスといっても、いろいろある。スウィングは、パートナーと組んで行う様式の一つだ。つまりアイルランド式、社交ダンスの範疇と考えればいい。

個人プレーではない。相手との協調がうまくできないと決まらない。この点、教育上もよいことだと思う。

ゲール語のテイストを学ぶ8 学習書決定版

日本人がゲール語(アイルランド語)を学ぶには?この本が決定版だろう。

「ニューエクスプレス アイルランド語 梨本邦直著 白水社」

アイルランド語には方言しかない(勘弁してくれ)!?

読み方がつかめない(早めにしっかり教えてくれ)!

英語話者を想定した学習書ではぴんとこない!

以上の課題を克服しているのがこの本。日本アイルランド協会の講座を通じて、検討を重ねた優れものである。やっと日本でゲール語学習法がローカライズされたといえる。

かつて僕がコネマラ地方を旅したとき、現地の若者が熱く語ってくれた。

「すごい日本人がいるよ。ゴールウェイ大学でゲール語を学んで、完ぺきに話すんだぜ!」

あれからずいぶん経つ。著者梨本先生がこの日本人に違いない。

幼児の経験世界 言葉による探索

今日はひな祭り。保育園のイベントが盛り上がっていることだろう。

ところで、3歳に近くなると、「どうして?」「どうやって?」「これ何?」とか、やたらに質問が増え始めた。話には聞いていたが、こっちも答えに窮することもある。
NHKの番組の影響か、普段の言葉と違う種類の言葉があるらしい、とも気づいたようだ。英語である。
「○○○は英語で何ていうの?」とくる。リンゴならいいが、「まぶた」ってのはすぐに応えられなかった。保育園でも、お友達に教えているらしい。

恐るべき、探究心。生涯で一番勉強するとき、それはこの時期だろう。どれほど幼児期の経験が重要かとも考える。とにかくポンポン頭に入っていく。

赤ん坊でも、探究心が旺盛だ。けれど、質が全く違う。むやみに物をなめまわすとか、とても感覚的な探究心である。

言葉ってのは、ある意味、観念の連合系である。だから、つながりをもって広がっていく。また、「今ここ」の出来事ばかりでなく、過去も未来も語ることができる。また、世界の因果関係も見えてくる。これって、すごいことだ。
具体的には、お約束ができる。今を我慢し、将来に期待することもできる。希望も絶望も観念の世界にあるわけだが、その分大人の世界に近くなる。ってわけで、そのうち悩みごとまで聴いてやらねばならないだろう。

とにかく、この時期は、果てしない探求にとことんお付き合いするべき、とわきまえた。

ところで、哲学者K.ポパーの著作に、「果てしなき探求」というものがある。要は、彼の自伝であるが、原題は、”Unended  Quest”、終わりのない質問というわけだが、この時期の子どもは、まさにこんな感じである。
この気持ち、持ち続けることができるなら、少なくとも、人生に飽きることはないだろう。ポパーは結構長生きしたし。








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