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幼児の経験世界 罪の意識

取り返しのつかないことをしてしまったらどうするか、大人でも重大な課題だ。数日前、うちの娘もしでかしてしまった、、、。

実のところ他愛のないことである。しかし、本人にとっては大変なことのようだ。今もこの話題になると、涙ながらに、「ダメー、もう会いたくないの」と訴える。

スーパーマーケットでもらった風船に顔を描き、紙の手足、髪の毛を付け、お友達を作ってみた。名前は、「パルエットン」。以前からの娘の空想上のお友達、パルエットンを実体化してみたわけ。

いろいろ遊んでみたのはよいけれど、僕が目を離した隙に、こともあろうに、つまようじで突いて割ってしまった。「バン!」

娘は、呆然として、パルエットンの「なきがら」を持ってきた。「また会えるよ、作ってあげるよ」、と慰めるが聞かない。泣いてばかりいる。

娘としては、ごめんなさい、で済むことではないらしい。もう相手がいないというわけだろうか。もし会ったとしても怖いとか、つまり、娘の知る社会的作法で対処できない、まあ、こういうわけだろう。2歳児では、こういった感情の処理の仕方を知るわけがない。

「社会的作法」と書いたが、つまり文化である。たとえば、慰霊碑的な物をつくって、花をささげるとか、私たちはこういった文化を継承している。

極めつけの話、交通刑務所ってご存知だろうか。交通事故などを起こした人たちが収容されている。交通事故で刑務所に入るなんてただ事ではない。当然、死亡事故関係者が多い。だから、刑務所の中に「つぐないの碑」とか建っている。これは、墓参の代わりに使われているそうだ。

多くの神社も、非業の死を遂げた死者を奉っている。やってしまった側としては、相手を神様にしてお許しを乞う必要を感じたわけだ。これは、最も洗練された文化的贖罪の様式だろう。

話が大きくなった。要は、感情処理の仕方として文化がある、ということ。人は大人になるに従い、そのスキルを身につけるのだろうし、社会的規模でこれを行うこともある。

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